3/6タオルミーナ1 恥ずかしがり屋のエトナ山

本日の起床は何と5時っ!日本での私の生活からすると、考えられない起床時間である。携帯電話のアラームで目を覚ますと、カターニアはシチリア島の東部の町なので、日の出は早いはずなのだが、それでもまだ外は真っ暗であった。

そんなに朝早く起きて何がしたいのかというと、本日はタオルミーナに行くのである。シラクーサ、パレルモ、アグリジェントと並んで、シチリア四大観光地とも呼べるタオルミーナ。宿泊観光するかどうか、ギリギリまで迷ったのだが、カターニアから日帰りすることにした。

実は私にとって、タオルミーナは、ガイド本などで見ると、さほど魅力的には見えなかった。景勝地って言うけど、写真で見る限り、それほど特別には見えないんだよなー。しかし、風景勝負の観光地が、写真よりも実物の方がずっとイイということは、よくあることなのだ。

タオルミーナは、ゲーテもイタリア紀行の中で絶賛していたし、古代ギリシア人が、2000年以上も前に発見していたというリゾート地。写真ではそれほど惹かれなかったのだが、いろいろな人の旅行記などを読んでいるうちに、何だかどんどん楽しみになってきた。

タオルミーナの見所の一つが、海とエトナ山が背後に見えるというギリシア劇場である。私のようなテキトー人間から見ると、「たまたまエトナ山が後ろにあったんじゃない~?」と思ってしまうが、そんなことはなく、もともと古代ギリシア人が、エトナ山と海が舞台の後ろに見えることを計算して、ギリシア劇場を作ったのだそうだ。日本文化の、山など背景の眺めまで計算して、庭園を造るという「借景」の考え方と同じである。

そんなわけで、ギリシア劇場を見る際、後ろに一緒にエトナ山が見えないんじゃ、魅力半減である。姉のリサーチによると、エトナ山に雲がかからない確率は、午前中の方が高いとのこと。それで、頑張って早起きして、なるべく早くタオルミーナに行って、早めにギリシア劇場に入っちゃおうぜ!という魂胆なのである。

今日でシチリア3日目である。タオルミーナ行きのバスは、残念ながら宿泊しているアパート近くの、ボルセッリーノ広場から発着せず、鉄道駅前からの出発になる。カターニアからタオルミーナには、バス以外に、鉄道とバスを乗り継いで行く手段もある。所要時間は、トータルにしてどちらも1時間半くらいで、同じくらい。出かける準備が整ったところで、電車の方が都合のよい時刻に便があったので、電車を使うことにした。

宿泊しているドゥオーモ近くのアパートから鉄道駅までは、距離にすると2km弱くらいである。もちろん歩ける距離なのだが、旅行前は、「カターニアはひったくりも多いし、治安も不安だし、駅までは市バスを使った方がいいかもね」と姉と話していたのだ。

だが、一般的に「治安が悪い」と言われる、他のイタリアの町と同様に、カターニアもいざ滞在してみると、想像していたよりずっと安全に感じた。そこで、わずか2kmの距離、バスを待つより歩いた方が早そうなので、早朝のカターニアを、駅まで歩いた。朝から通勤の人や、散歩の人も多く、普通に安全だった。

カターニア

朝のカターニア駅。

カターニアはシチリア第二の駅なので、朝っぱらでもきちんと切符売り場が開いていて(イタリアでは切符売り場が開いてない駅が多いんだよ)、無事に切符が買えた。

カターニア

しかも、何だか立派できれいな電車が来たよ!(新しいだけかもしれないけど)イタリアでよく遭遇する、落書きだらけで、鈍い音を立てながら、よいのこっさで走る電車じゃないよ!イエイっ!

シチリアの電車というものは、実は評判が悪い。単線のため、離合が難しいらしく、それが理由なのかそれ以外にも理由があるのかはわからないが、非常に遅延が多いことで悪名高い。そのため、「シチリアでは電車よりバスの方が信用できる」というシチリア経験者の声が多い。

だが、とりあえずはこの電車は時間通りに来て、なめらかに線路を走って行く。この辺は本当に「運」なんだよな~。遅延に遭えば「電車は信用できない」になるし。時間通りにくれば「思ったより電車は正確だ」と思うわけだし。今回の我々のシチリア旅行に限って言えば、バスと電車の信用株は、似たような値だったと思う。

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電車の中から見えた、オレンジ畑の横に延々と投棄されているゴミ。シチリアが「荒れている」印象を旅行者に与えているとすると、投げ棄てられているゴミの多さだと思う。イタリア本土を旅している時には、これほどまでには目にすることはない風景である。

タオルミーナは、「Fiumefreddo」という、イタリア語にして「冷たい川」という名前の駅の次であった。イタリアの電車は、日本のように次の停車駅のアナウンスがないので、Trenitalia(イタリアの国鉄)のホームページや、駅にある紙の時刻表などで、ひとつ前に停車する駅名を確認しておくと安心である。それにしても、「冷たい川」という、ちょっと根暗入ってるバンドの歌のタイトルみたいな駅名が少し気になる。私は、ほんの少しだけだが、地名オタクっぽいところがあるのだ。

タオルミーナ

タオルミーナ駅には40分くらいで到着。この駅は、タオルミーナ専用(?)ではなく、隣の「ジャルディー二・ナクソス」という町との共用なので、駅名も2つの町名が並べてつけられている。

カターニアからタオルミーナまで、鉄道で40分。これだけであれば、カターニアからタオルミーナは、まことに行きやすい町である。しかし、この鉄道駅から、高台にあるタオルミーナの観光中心地までは、バスに乗る必要がある。所要時間は15分くらいなのだが、このバスが1時間に1~2本程度しかいない上に、日本で時刻表を調べることができなかった。

そこで、出たとこ勝負だったわけだが、駅をすぐ出たところにある時刻表で確認してみると…

タオルミーナ

8時半のバスが、たった今出たばっかりっぽいよーっ!(現在時刻は8時40分前)。次は…赤字は休日の便だから…9時15分か…。30分以上待ちぼうけか…。5時起きした私たちの努力は一体…。(必要な方もいらっしゃるかと思い、鉄道駅からタオルミーナ中心街への時刻表の画像を貼っておきます。赤字が休日、黒字は平日だが、ごちゃごちゃ注意書きがあり、全ての便があるとは考えない方がよさそう)

30分もタオルミーナ駅で何しよう。とりあえず、バールに入って、ウンカフェ(=一杯のエスプレッソ)しよう。この駅のバールの店主さんは、何とフィオレンティーナ(!)ファンらしく、「オォ~フィオレンティナ~♪」と、フィオレンティーナの応援歌を口ずさんでいて、ビックリした。

既に古代ギリシャ時代…今から2000年以上も前から観光保養地だったタオルミーナの、観光地としての成熟度はスバラシク、鉄道駅は非常に綺麗に飾られていた。

カターニア

天井なんか異様にオシャレだし、シャンデリアっぽい電灯までぶらさがっているし、ちょっとした考古学の遺跡っぽいものまで展示してある。さすが、シチリアきっての高級リゾート地タオルミーナである。

しかし、「高級リゾート」って何だろう?高額なホテルやレストランが多い観光地という意味であろうか?私に縁のない言葉であることは確かなのだが、しかしながら、今現在、私は高級リゾートと呼ばれるタオルミーナにいるのだよ。貧乏人である私が、高級リゾートの地にいるのは、どういうパラドックスの結果であろうか。

バスを待っている間、「僕のワイフは日本人なんだよー」というイタリア人男性が話しかけてきた。話半分に聞きながら、警戒する姉と私。イタリア旅行中に、親日家っぽい雰囲気で話しかけてくるイタリア人(常に男性)は、本当に単に日本好きなこともあるのだけど、時々、胡散臭いヤカラであることもあるのだ。この線引きは非常に難しい。だが、どちらにせよ、「あちらの方から異様に積極的に関わってくる、片言の日本語を話すイタリア人」には、用心した方がいい、というのが私の経験則である。

さて、バスは、定刻より10分遅れてやってきた。どうも、他の町からタオルミーナに来て、まず鉄道駅に止まり、その後に中心街まで行くプルマンを、駅から中心街に行く時は利用する形になるようだ。そのため、バスは長距離を走ってくるので、時刻表より遅れてしまうことが多そうである。ちなみに、バスチケットは、バスの中で購入できる。

そして、バスはタオルミーナ中心街に向けて上り始めたのだが、このバスが、思いのほかにヤバかった。どうヤバいかというと、狭くてくねくねした上り道を、この大型バスが、道からはみ出しそうになりながら上って行くのである。道からはみ出したらどうなる…?し、下に落ちるんじゃんよー!

道からはみ出るのも怖いし、普通にこの狭い道路を、反対方向からも車が走ってきて、ぶつかるんじゃないかとヒヤヒヤするし…!バスの運転手さんは慣れっこなのかもしれないけど、観光客のレンタカーなども走っているだろうから、気が気じゃなかった。アマルフィの断崖を走るくねくね道路も怖かったけど、こちらの方が、カーブが鋭角だったため、「落ちそう!」と何度も思ってコワかった…。しかし姉は、「このバス、道が危険だから全然スピード出してないじゃん。恐くも何ともない」と、へっちゃらであった。

バスはようやく、中心街近くのバスターミナルに到着した。えっ?ここが高級リゾートのタオルミーナっ?と、拍子抜けするような場所だったが、姉が「まだタオルミーナの中心街は先の方だよ」と言う。とりあえず、エトナ山がきれいに見えると言う午前中のうちに、ギリシア劇場に入ってしまいたい。何はともあれ、ギリシア劇場を目指して、ゆるやかなカーブの続く道を上った。

10分も上らないうちに、中心街の門が見えた。

タオルミーナ

こんにちは、タオルミーナっ!

ギリシア劇場は、この門からすぐで、ギリシア劇場へと続く道は、お土産屋さんが並び、「おおー。高級かどうかはわからなけど、リゾートだねえ!」と感じた。

タオルミーナ

やけにポップなマフィアの絵が描かれたお土産があったり。ちなみに、映画「ゴッドファーザー」の影響か、シチリアの現地ツアーには、「マフィア・ツアー」なるものがあったりする。本物のマフィアを見れる!というわけではなく、映画のロケ地を巡るのだとは思うが…。

タオルミーナ

「本物のサンゴ」があったり。本物のサンゴがあるってことは、偽物のサンゴもあるのだろうか。

ギリシア劇場は、入場料8ユーロである。ちなみに、トイレは、切符売り場から中に入って、右手の方にある。

さあ、ギリシア劇場と、ご対面するよっ!

タオルミーナ

おおおっ!本当に、舞台の向こうに海が見える!この劇場で、海を舞台としたストーリーの演劇などを鑑賞するのは、確かに最高だ…!北島マヤがすっごく躍動しそうな舞台だっ!(北島マヤって…)

タオルミーナ

数本だけ残っている柱も、最も繊細でエレガンスなコリント式の柱だよーっ!私は、コリント式の柱大好きなんだよーっ!

おしっ!後は、エトナ山だけなのだが…。

タオルミーナ

んっ?エトナ山はいずこかな?

タオルミーナ

エ、エトナ山は………雲に隠れてしまっているぜよ!エトナさーーーん!そんなに恥ずかしがり屋でどうするよ!君は火山なんだから、堂々と出てきなさいよ(どういう理屈だ)!午前中の方がエトナ山が見えやすいとか聞いて、5時起きしてやって来た我々って一体…。

今すぐ、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」の左側に描かれている、風の神ゼフィロスを呼んできて、エトナ山を隠している雲を、ぷーっと息で吹き飛ばしてほしいよ!我々は、アホな観光客丸出しで、ぷーっとエトナ山の方向に向かって息を吹きかける儀式までしたのだが、無駄だった。

仕方ない。エトナ山が見えないのは残念だが、雨が降らずに晴れてくれだたけでもよしとしようではないか。あとは、ギリシア劇場を、骨の髄まで鑑賞し尽くすぜ!

タオルミーナ

タオルミーナ

本当に美しく、雄大なるギリシア劇場。

前の方で、「ガイドブックで見た時、それほどタオルミーナに惹かれなかった」と書いたが、それもそのはず。タオルミーナのこの風景は、写真で見ても、なかなかギリシア劇場の向こうに海(と本当はエトナ山)が広がる迫力は、なかなか伝わらない。これは、生で見てなんぼの景色である。

タオルミーナはさすがタオルミーナで、ここまでの中で(ってまだ3日目だよ!)、一番観光客が多く、ギリシア劇場にも、修学旅行生や、日本人やドイツ人の団体ツアーがたくさん入場してきた。

イタリア人修学旅行生の引率の先生が、ガイドブックを忘れていたので、姉が「お忘れですよ」と手渡すと、なぜか、そのまま姉は、この修学旅行生のクラス写真みたいなものの撮影を頼まれてしまっていた。タオルミーナのギリシア劇場で、イタリア人修学旅行生の集合写真を撮影した姉の思い出(微妙な思い出)。

日本びいきのツインテールの髪型をした修学旅行生から、「キャー!日本人だー!」と、黄色い声を浴びたり、朗らかな日本人ツアーの方々とおしゃべりしたりと、非常にほのぼのと時間が過ぎて行ったギリシア劇場。二千年以上、ここにあり続けている雄大な景色の中で、自分を含めた観光客が繰り広げる平和な営みが、何だかとても不思議に思えた。

人間の営みは、それ自体が寸劇のようなものなのに、どうして人間はさらにフィクションとしての劇を必要とし、それを鑑賞することが娯楽として成り立つんだろうか。それも、二千年以上も昔からずっと。

これは、私は、人生が一回きりであることに由来しているように思う。たった一回きりである私という存在が、そして私の人生が、「こう」ではなく「ああ」だったらどうだろう…などと、いわゆる「タラレバ」を考えたことがあるのは、おそらく私だけではないだろう。

しかし、私は私であり、私の人生は私の人生であるわけで、自分の努力で何とかなる部分もあるが、何ともならないことも多い(たとえばどう頑張っても、私は筋骨隆々な大男としての人生は歩めない)。きっと、人間の、実現できない「タラレバ」の妄想を、どうしても実現不可能だということの無念さを、フィクションとしての劇はうまくすくい上げて、昇華…ある意味消化、させてくれるんじゃないのかな。

…こんなごちゃごちゃしたことを、しかし、実際にギリシア劇場にいた時の私は、考えていなかった。ただただ、海を背景とした、この劇場の美しさに、頭をからっぽにして、どっぷり浸っていただけであった。

どうしてもエトナ山が見たくて、姉と私はずいぶん粘ったが、エトナ山へと近づいてくる雲の量は減る気配がなかった。ギリシア劇場はタオルミーナで一番のメインと考えていた観光地ではあるが、タオルミーナの他の景色だって見たい。恥ずかしがって隠れるエトナ山に根負けした我々は、カステルモーラへ向かうために、ギリシア劇場を後にすることを(泣く泣く)決意した。