3/3ローマ旅行記18 秘密の鍵穴のぞいてみたら
母と姉をチルコ・マッシモ前の展望スポットに置いて、私はひたすら坂を上り始めた。早くアヴェンティーノの丘にたどり着きたくて、もーガマンできなかったのである。母と姉にはゆっくり上がっておいで、と言って、私はしゃかりきに上った。何人かの観光客を追い抜いた。健脚の私。プチ田舎生まれプチ田舎育ちですからね!坂道は上り慣れてるわけですよ。イエイっ!
アヴェンティーノの丘に何でそんなに行きたいのかというと、アヴェンティーノの丘にある、サンタ・サビーナ聖堂という、古い教会に行きたいのである。もともと古い教会は好きなのだけれど、この聖堂は、それだけではなく、文字がずらーっと書かれた珍しいモザイクがあるというのだ。このモザイクを見たくて見たくて仕方がなかったのである。
せかせかと坂道を上り、たどり着いた。こちらがサンタ・サビーナ聖堂の外観。入口を飾っている古代風の柱がステキ!
何かに急かされるように聖堂内部に入り、きょろきょろとモザイクを探す私。どこー?モザイクどこー?「オヌシ、どこ探しておるのじゃ」という声が聞こえた気がして、入口の方をふと振り返ってみると、アッター!文字のモザイクっ!想像していたよりデカイっ!
聖堂の横幅をいっぱいに使ってあるモザイク!青地に金色で、ズラーっと文字が描かれている。書かれているのはラテン語かなあ。こういうものを見ると、ラテン語を勉強したくなるよ。したくなるだけだけどね。まあ、最初の0歩ってことだよ(一歩たりとも進んでいませんよ、ええ)。
モザイクの左半分。
モザイクの右半分。
いやー。いいねえ!文字のモザイクってどんな感じなんだろうと思っていたが、濃紺っぽい青地に、金色でズラーっと書かれると、なかなか神々しくて迫力がある。新約聖書ヨハネ伝の「はじめに言葉ありき」という出だしの文を思い出す。この「はじめに言葉ありき」という文言、深読みしても浅読み(→単に神が世界を創造する際に言葉を使って作ったという文字通りの読み方)してもおもしろいものなのだが、私は「信仰のはじめには言語による思考が必要」と、勝手に解釈している。
人が何かを信じるためには、(おそらく)言葉による思考が必要だ。というのも、「何か特定の価値観を受け入れる」という行為は、本能的行為ではないからだ。おそらく、全ての(世界中探せば例外もあるかな?)宗教は、信仰を持つか否かの選択を、人間以外の生物に迫ることはないだろう。
何も宗教に限定しなくても、我々人間が、あることを良いと思ったり、悪いと思ったりする、言ってしまえば「信仰的=価値判断的世界」は、人間が言葉を話すようになったから始まったのだ。そして、価値判断(良い、悪いの判断)をする人間だけが、天国に行けたり、地獄に落とされたりする。ここで言う天国、地獄は、宗教的天国・地獄だけでなく、もっと広い、日常の精神的な天国・地獄と考えてもよいだろう。
脱線のしすぎだが、そんなことを考えながら、この神々しい文字を眺めていると、言葉というものの重さがグッと胸に迫ってくる気がする。沈黙は金、とか、口は災いの元、とか、言葉を否定的に捉える言い回しもあるが、地球上で唯一、体系としての言語(信号ではなくて)を使う生き物としては、どうせなら言葉をしっかりと使った生き方をしたいものだ。
そんなことをつらつら考えながらモザイクを見つめていると、母と姉が遅れて聖堂に入ってきた。私がモザイクを指さすと、二人とも「あら、いいねー!」と言いながら眺めていた。
ずーっとこのモザイクのあたりをウロウロしていた私は、モザイクを見るための点灯マシンを、モザイクの左下の方に発見した。自然光でもしっかり見えるのだけれど、せっかくなので点灯してみた(1ユーロ)。
点灯してみたよ!結構高い所にありますでしょ、このモザイク。
自然光で見るのとは、またちょっと違って、キラキラ見える。点灯して良かったのは、明るくなったことで、両サイドの女性のモザイクが表情まではっきり見えたことである。
いったいどの聖女を描いたものなのかはわからないが、凛とした表情の素敵な聖女さん二人である。下に書いてあるラテン語らしきものが読めたら、誰だかわかるのかなあ。やっぱラテン語勉強すべきかしら。
姉は教会を見回して、「あのモザイクだけじゃなくて、この教会全体の雰囲気が好きだよ」と言う。
左右に並んだ古代風の柱もステキだし、木製の天井も風情たっぷり。
いかにも古そうな壁には、うっすらと不可思議な模様が入っている。
拡大するとこんな模様。三位一体を表しているのかな。何となく和風な模様にも見えておもしろい。お茶碗とかの模様にありそうじゃないですか?
聖堂の左側から、柱廊に出る扉は木製で、かーなーり古いものとして有名らしい。
この扉。人間が触れそうな高さは、透明なプラスチックでしっかり保護されている。それを見るにつけ、だいぶ貴重なものなのだろう。
パネルには浮彫装飾が施されている。扉の浮彫装飾としては、ルネサンス期に作られた、、フィレンツェのサン・ジョヴァンニ礼拝堂の精密で神々しく美しい「天国の扉」が有名だが(ギベルティ作)、このサンタ・サビーナ聖堂のものは、古いだけあって、もっともっと素朴だ。青銅製のものと木製とを比べるものではないけどね!
こんな感じ。なかなかうまいではないか。頭でっかちの羊がカワイイ。
というわけで、大変に素敵だったサンタ・サビーナ聖堂。やっぱり古い教会って良いなあ~。来てよかったー!
ここアヴェンティーノの丘に来た一番の目的は、このサンタ・サビーナ聖堂だったのだが、実はこのアヴェンティーノの丘には、ちょっとした観光スポットがある。マルタ騎士団広場に面する、騎士団長の館に続く扉の「鍵穴」である。この鍵穴をのぞくと、アラびっくりサン・ピエトロ聖堂のクーポラが見える、という、不思議スポットなのである。
私は、この鍵穴には、なーんにも期待していなかった。「ただサン・ピエトロのクーポラが見えるだけでしょ?ま、無視するのもかわいそうだから、サンタ・サビーナ聖堂に行ったついでにのぞいてやるか」と、めっちゃ上から目線で、感じ悪く構えていたのである。
ほー。人がちらほら並んでるから、これが騎士団長の館に続く扉だな。並んでいるのは十数人といったところ。ま、並んでやるか(←上から目線)。
我々の前の前の前くらいに並んでいた女の子二人組は、のぞき終わった後、おもむろに列の一番後ろにもう一度並び直した。前の前に並んでいたでっかいカメラを持ったでっかい男性は、鍵穴にレンズを当て、後ろの人達のことなど考えずに、それはそれは熱心に、長い時間をかけて写真撮影をしていた。
前に並んでいたイタリア人らしきおばさんは、見終わった後、キッと後ろを振り返り、目が合った母に向かって「ビューティフル……」と呟いた(さすがにこの場面で母がビューティフルって意味じゃないだろう)。こ、これは…期待、できるのか…?
まずは先頭バッター、母っ!母は鍵穴をのぞきこんだ。「………すっごくキレイだよ」と言いながら、鍵穴から離れた。
次は私っ!
鍵穴に右目を近づけてみると…
まずは、こういう刈り込まれた植木が目に入ってきて、その先に…
うおおっ!何とも幻想的なサン・ピエトロ大聖堂のクーポラっ!えーっ?鍵穴から見ただけで、どうしてこんなに美しく感じるのだろうか!目には、鍵穴の向こうから風が入ってきて当たり、ちょっとスースーする。鍵穴のような小さな穴をのぞくことで、何だか私の全感覚が視覚に集まってきてるみたいだ。鍵穴をのぞくだけで、別世界を垣間見る、そんな感じだ。これだけのことが、まるで神秘体験のようだった。
私の後は姉がのぞき、何とカメラ撮影にチャレンジしてくれた。さっき長時間かけて撮影していた男性と違って、サササっとここに掲載している写真を撮ってくれた。ありがとう、姉っ!このマルタ騎士団広場の鍵穴、非常に良かったです!話だけ聞くと、何かエンターテイメント性が高いだけの観光地に思えるかもしれないが、鍵穴の中から見えるサン・ピエトロ大聖堂の美しさは、期待以上で、他では味わえない風情がある。我々はもう一度並び直して、もう一回ずつ見てしまった。
鍵穴をのぞいた後は、鍵穴のちょうど背後の方にある、サンタンセルモ修道院に入った。何しにか、というと、こちらの修道院では、知る人ぞ知る修道院お手製のハーブコスメが売られているのである。修道院自体は閉まっていたが、右手の方にあるハーブのお店は開いていた。
知る人ぞ知るだと思っていたが、お店の中はなかなか盛況だった。へー結構有名なんだなー。今日が日曜だからなのかなー?神父さんだと思われる優しい男性が一人でお客さんの相手をしていて、非常に大変そうだった。
だが、忙しそうなのに、やさしい笑みを崩さない男性。我々の質問にも優しく答えてくれた。「こちらはハンドクリームですか?」「どれどれ…Crema Per Mani…おそらく、手に塗るものでしょう。私はよくわからないのです」「何のハーブの香りがするのですか?」「…ちょっと待ってください……これは…これは…何か植物ですね。私はよくわからないのです」
というわけで、よくわからないハンドクリームを買いました!友人のお土産用にも買いました!よくわからないものを買って大丈夫かね?大丈夫!親しい友だから!お土産用だと言うと、男性は丁寧にお土産用の紙袋にいれてくれた。何だか心温まるハーブ店だった。修道院コスメの店はこうじゃなくちゃね!
ローマには7つの丘があり、ここアヴェンティーノの丘はその一つ。ローマという町のパノラマを見ようと思えば、いずれかの丘から見ることになる。どの丘からの見晴らしがよいかは、結構評価が分かれる。フィレンツェのミケランジェロ広場のような、唯一絶対のパノラマスポットはないのがローマなのだ。
アヴェンティーノの丘には、サヴェッロ公園があり、そこからの眺めがそこそこ評判なので、サヴェッロ公園の中に入ってみた。
サヴェッロ公園にはオレンジの木が植えてあり、柑橘類のさわやかな香りがほのかに漂っていた。
オレンジの木には、季節なのかオレンジが実っていたが、もぎ取られて、食べられた後のオレンジのカスが地面には複数落ちていた。最初は犬か鳥が食べたのかなーと思ったが、よく見てみると、明らかに人間のオレンジの皮のむき方だった。…サヴェッロ公園のオレンジは食べ放題なのかね?母いわく、「そんなはずがあるね。立ち入らないように柵もあるがね。お腹が空いた人が勝手にもぎって食べてるのよ」。
不思議なのは、そのカスが、すぐそばにあるゴミ箱の中でなく、地面に捨て散らかされていることである(イタリアではよく見る光景)。すぐそこにあるゴミ箱に、なぜ入れようと思わないのか。「オレンジよ、大地に還り、次の命の糧となれ」という配慮だろうか(絶対違う)。
で、サヴェッロ公園からの眺めはこんな感じ。
水色の空に、ミルクティ色の街並みと、テヴェレ川の緑が優しい。ローマは、歩いているとバロック風のちょっと壮麗な感じの町並みだと感じるが、上から見ると、優しい雰囲気の町になる。このギャップがローマのミ・リョ・ク!
サヴェッロ公園にいた猫ちゃん。
さて、このへんで丘を降りて、ホテルに帰ることにした。今日は、夜はサッカー観戦である。途中で、トラステヴェレの、姉が調べておいた、ピザチャンピオンのお店「ダル・ポエタ」でお昼ごはんを食べて帰ることにした。
私が「ピザチャンピオンって、何のチャンピオンなのさ?」と聞いても、姉は「さあ…?」と言うだけで、正体不明だったが、お店は満席だった。そして、出てきたピザは、もちもちしていて、美味しかったー!
「ユーアーザチャンピオンーーー」と歌いたくなるような、美味しいピザだったよ!
というわけで、本日の午前中の活動は終了ー!アヴェンティーノの丘は、期待以上に楽しい丘だった(無料で楽しめるしね)!アヴェンティーノの丘が楽しかったことに味を占めた私の心には、次にローマに行ったときは、ローマの7つの丘を制覇したいぜ!と、新たな目標が湧き上がってきたのであった。