3/5カルタジローネ2 冷たい雨の後には虹!
カルタジローネ遠足後編。
美味しかったレストランを出る頃には、雨が止んでいる―――これが、我々が描いた、根拠なき希望的観測のシナリオであった。
しかし、むしろ雨足は強まっていた。こういう場合、観光地で取れる対策と言えば、美術館・博物館など、室内観光できる場所へ入ることである。
だが、我々がカルタジローネでやりたいことは、あのスカーラ(陶器の大階段)を骨の髄まで鑑賞することなのである。もちろんだが、スカーラは、絶好調に屋外観光地である。そのおかげでもちろん鑑賞無料だし、閉まっているなんてオチもないところがいいんだけどね!
実は、私が、人生で最初に「シチリア島に行きたい…」と思ったのは、このスカーラの写真を、何か(…ロンリープラネットだったかな?)の写真で見たのがきっかけなのである。階段という代物が、かくも美しくなれるものなのか。その時、この階段のあるカルタジローネってどこだろ…と調べてみると、シチリア島だった。
当時、まだイタリアビギナーだった私は、「いやー、治安が悪いと言われる南イタリア、その中でも特にマフィアで有名なシチリア島は、ちょっと、私には敷居が高いなあ…。この階段を見れる時って来るのかなあ…」と、何となく遠い目でその写真を見つめていたのである。
そのスカーラが、いまや、すぐそこにある。しかし!外は冷たい風と雨が吹き荒れているよ!…イヤ、ココは、雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、スカーラを見に行くしかないっ!
…と、一念発起して、レストランを出たのだが、本当に風雨は強いッ!風も雨も強いということは、雨で濡れた傍から風に吹かれて、どんどん冷えて行ってしまうのだ。もーこれは、ただのアメカゼというよりは、嵐の領域かもしれぬ。我々は、(横殴りの雨が振りこんでくるため)役に立ってるのか立ってないのかわからない折り畳み傘を、風に飛ばされないように握りしめ、やみくもに前進した。
しかし、このレストラン自体、地図を見ずに、人に連れてきてもらったので、自分たちの現在地がサッパリわからないのである。現在地がわからない以上は、今地図を広げても意味ないし、そもそも、両手は必死に折り畳み傘にしがみついているので(何のために傘をさしているのかもはや不明)、地図を広げる余裕もないッ!こんな嵐の中、地元民もほとんど外出していないので、道を尋ねる相手もいないッ!
それでも、姉が、「何となくだけどね、スカーラはこっちの方向で合ってる気がする!どうして自分たちが坂を下ってるんじゃなくて上っているのかは、よくわからないけどッ!」と言うので、もう、姉の方向感覚に頼るしかない。あああ、寒いよー。
目の前に何か大きな建物が現れたので、私は「あっ!きっとアレが(スカーラの前にある)市庁舎だよ!」と言ってみたのだが、
よくよく見てみると陶器の学校であった。カルタジローネは、陶器で飾られたスカーラが有名なだけでなく、そもそも陶器の町として有名で、町のあちこちに、陶器で飾られた建物などがあるらしい。そういうわけで、町歩きもしたかったのだが、何せ、冷たい雨と強い風!もー町歩きどころか、歩くだけで精一杯だから!この陶器の学校の写真だって、決死の思いで撮影したから!
この陶器の学校を通りすぎ、姉の勘だけに頼って歩いていくと、こんなところに出た。
こっ…これは…まっすぐ続いている下りの階段…。ま、まさか、我々はスカーラの一番上に出てしまったのでは…?
そおーっと(いや、何も静かに動く必要はないのだが)、一番上の段を覗き込んでみると…陶器の飾りがついてるよ!うおっ…このスカーラ、下から見ないと何の意味もないんだよ!上からだと、陶器の「と」の字も見えやしないのだ!このスカーラを、上から鑑賞することは、肉の入っていないすき焼きを食べるようなものだ…!
つーわけで、本当は、一番下まで降りて、仕切り直してスカーラを上りながら鑑賞したかった。しかしながら、本当の本当に、雨と風が寒かったのだ。一番下まで下りて、上って、またバスターミナルに戻るために下りる体力が自分らに残されているとは思えなかった。そこで、我々は、「階段の上の方からスカーラを鑑賞する」という、まるで「本を後ろのページから読む」みたいな、観光を余儀なくされたわけだよ!人と違ってカッコイイ!イエイっ!(普通に間違った観光してるだけです)
このスカーラの階段は142段。しかも、142段全て、違う柄の陶器で飾られている。
こういう風に、遠目で見ると、非常に美しく、ため息が出るような階段なのである。おそらく、「世界一美しい階段コンテスト」とかあれば、このスカーラが大賞を取れるかどうかまではわからないが、優勝候補の一角としてノミネートはされると思う。
だが、近くで見ると、実は陶器に描かれた絵は、そこまでは上手くないのである。なので、このスカーラの勝利は、142個も違う絵を、上手くなくてもひたむきに描き続けたことだと思う。凡人が人生で成功するコツを、実践して示しているような階段なのだ。
142全ての絵柄をご紹介することはできないが、心に残った(?)段の絵柄を紹介して行こうっ!もちろん、我々は上の段から下ってますからね!上の方の段から紹介していきますよっ!順番が前後することもあるかもですがね!
お題:カラフルな人々(現代アート風)
これ、結構有名っすよね?上から2、3段目にある、カラフルでポップで楽しい絵柄。上の方の柄ほど新しく、陶器に使える色彩が増えていくらしい。ちなみに、この絵柄は…絵心のある小学生高学年の子が描いた「私の周りの人々」みたいな絵に見えるのだが、とにもかくも幸せそうで何よりな絵柄である。
お題:ブドウを加えたすっとんきょうな孔雀
実在の孔雀って、こんなお茶目な目つきじゃなくて、もっとガン飛ばしているような目つきをしてると思うのだが、どうだろうか。まあ、この孔雀も幸せそうで何より。
お題:人面魚
明らかにこの魚の目には、知性が宿っているな…。礼儀正しく並んで、仕事に向かうサラリーマンのようだぜ…。
お題:ウサギと小鳥
これ、なかなかいい出来ですよね?構図もいいし、正方形のタイルを上手にデザインしていると思いますね。絵のラインも力強くて、なかなかいいと思いますよおー。(何で上から目線で批評してるんだよ)
お題:浮かれる鳥たち
この鳥さんたちの、浮かれたような軽い足取りが、見ている者の心をも軽やかにしてくれますね、ええ。
お題:船
カルタジローネは内陸の町ですけどね、スカーラの中に船があったっていいんですよ!
お題:二人の美女
これも、なかなか出来が良いですね。美女たちの周りにあしらわれているオレンジ色のお花が、何だか私は気に入りましたよ。142段の中で、私が一番好きだったのが、この絵柄でありますね。私賞をあげます(いりません)。
お題:怒りすぎの魚と舐めすぎの鳥
この魚は、いったい何をそんなに怒っているのだろうか。そして、その後ろの鳥の表情は、あまりに世界を舐めくさったような表情でないか。そして、こいつらの周りを花の模様で囲むことの意味とは何か。哲学的な一枚。
お題:おっさん顔のセイレーン
半人半鳥のセイレーンと言えば、船乗りを美しい歌声で誘惑する、どこか魅惑的で切ない存在なのだが、このスカーラには、おっさん顔の、平和そうなセイレーンがいた。しかも、首にワカメか何かを巻きつけてるよ!まさか「このマフラーおしゃれでしょ」とか言ってるんじゃあるまいな。
お題:龍退治
…まあ、言っちゃえば、この龍、全然強くなさそうである。
お題:コロコロコミック的な何か
いかにも、小学校中学年あたりの男子が大ウケしそうな怪物…。片手でラッパみたいなの吹いて、もう片方の手で太鼓を叩いて、さらに下半身はいったい何をしたいというのか…。
お題:ろくろ首はシチリアにもいるよ!
お題の通りである。
お題:踊らにゃ損・損
エキゾチックな踊りを披露してくれているエキゾチックな女性。シチリアが、アラブ支配されていた時期があることを表しているのかもしれないね。
…と言う風に、ひとつひとつの陶器の絵柄を見るのは、思っていた以上にとっても楽しかった!…のだが、この写真からは、姉と私の苦境が伝わらないと思うのだが、相変わらず、雨と風は強く、ひじょーに、ひじょーに寒かったのである!
写真で示しているみたいな、スカーラの左右の建物の、バルコニーの下に逃げ込んで、雨風を避けながら、寒さに震えながら、必死に階段鑑賞したわけである。
本日の予想最高気温は12度。うちの姉は、変なところで用意周到で、日本で最高気温12度くらいの日に、旅行に持って行く予定の服を着て、その気温に適切かを実験していて、自信満々で本日の装いを決めたわけだが、いくら気温が12度でも、強い雨と風が加わると、体感気温はもっと下がるのである。無意味だった姉の実験。
こんな悪コンディションの中、震えながらスカーラを見ているのは我々だけかと思いきや、ぽつぽつと観光客には遭遇した。一緒にバルコニーの下で雨宿りをした年配のご夫婦は、ヴェネツィアからの観光客であった。せっかく北部のヴェネツィアから、温暖なシチリアに旅行に来たのに、まさか寒さに震えることになるとは、思いもよらなかったであろう。
あまりにも、寒いので、もう少し町歩きもしたかったのだが、我々は階段を見尽くしたところで、寒さにノックアウトされてしまった。つまり、雨ニモ風ニモ負けたのだ。イタリア旅行で、寒さに負けるのは、あの極寒だったシエナ以来だよ…。無、無念…っ!
で、無念にも、そのままバスターミナルへと下った。その途中で、強風にあおられて、私の折り畳み傘は、ぶっ壊れた…。オウっ…まだ旅行2日目なのに、傘が壊れちまった…。
そこで、私はストールを頭から巻いて、風雨をしのいだ(正確にはしのげてない)。ちなみに、ストールを頭から巻くと、全然日本人に見えない。これから、日本人が狙われやすい観光地では使える技だと思った。逆境でも技を開発する我、バンザイ!
バスターミナルまで向かう途中で、通りの反対側を歩いていた若い男性に、大声で「Avete visto Scala!?(=スカーラを見たかい?)」と聞かれた。大声で「はい!綺麗でした!」と返すと、すごく満足そうであった。カルタジローネは、陶器好きにはたまらない町と言われるが、陶器好きでなくとも、あの大階段は一見の価値があると思う。寒かったけど、カルタジローネに来て良かったよ!
バスターミナルには、なぜか、カターニア行きのバスなのに、皆に「このバスはカターニア行きじゃないよ」と言って回るおじいさんがいて(ちょっとぼけてたのかも)、やや混乱したが、無事にまた、AST社の白いプルマンに乗ってカターニアに帰ることができた。
そして、カターニアへ向かうバスの中から見えたのは…虹っ!
我々の進行方向へ向けて、キレイな半円の虹ができていて、まるでバスは、虹の橋の下をくぐっていくようであった!おー。寒い雨の後には、虹が出るんだね!
…と言う風に、寒くて寒くて寒かったカルタジローネ遠足だったが、非常に美しいエンディングが待っていたのであった。終わりよければ、全て良しッ!