3/20アグリジェント旅行記4 闇の中の光

今回のアグリジェントで、最も楽しみにしていたものの一つが、遺跡のライトアップである。

古代のギリシャ神殿跡や、古代ローマ遺跡などには、なぜだか夜間のライトアップがよく似合う。本来なら、古代には、そんな、夜にライトアップができるような光は存在していなかっただろうから、遺跡のライトアップというものは、古代を偲ぶものではなく、むしろ、現代風の見せ物である。

それなのに、遺跡や古い町並みというのは、なぜだかライトアップが似合うんだぜ。これって、何なんだろうなあ。劇場などで行われる公演や、コンサートも、観客席は暗くして、舞台を明るく照らすものだが、闇の中の光というものが、人間の目には、最もスペクタクルに映るものなのだろう。

それで、遺跡のライトアップをだらだらと待ちながら、18時過ぎても神殿の谷をうろついていた我々なのだが、カフェの閉まる18時頃には、神殿の谷から、観光客がサーッと引いてしまった。え?何で?みんなライトアップ見ないの?

アグリジェント

こちらは、コンコルディア神殿とヘラ神殿を結んでいる通りだが、灯りが点き始めたのは、18時半頃であった。画像に背中が写っている二人組は、何と、神殿の谷でランニングしているのである。どういうこと?わざわざ入場料払ってランニングしているの?それとも、地元の人は、夕方以降は無料で中に入れるのだろうか。不明であった。

先程、ヘラクレス神殿近くの出入り口で、本日の閉園時間は8時だと聞いてあった(コレ、嘘だったんだけどね!)。それなら、まだ1時間半はたっぷりあるので、我々はコンコルディア神殿とヘラ神殿の中間あたりにいたのだが、神殿の谷の東端にあるヘラ神殿まで行って、そこから、西端のディオスクロイ神殿近く出入り口まで歩くことにした。

それにしても…人がいなくなったなあ…。その代りに、どこからともなく、野犬が現れた。姉も私も猫好きである。だからといって、犬が憎いということはないが、私は犬はコワイ。昔、島に住んでいた頃に、野犬に追いかけられたトラウマが消えないのだ。
イタリア南部は、本当に野犬が多い。しかし、地元の人たちが餌をあげてかわいがっているのか、犬たちは総じて人懐こくて大人しい。

そうはいっても、旅行中に犬に噛み付かれるようなことは、万が一にでも避けたいので、我々は、神殿の谷の中に、ほとんど人がいなくて淋しいのか、妙に近寄ってくる犬くんたちに愛想笑いしながら、一定の距離を保って歩き続けた。愛想笑い+一定の距離感というのは、都市部で生きる人間が身につける処世術である。

犬くんたちは、ヘラ神殿あたりで、我々の一定の距離感に気付いて空気を読んだのか、それ以上はついてこなかった。ごめんね。単に淋しかっただけなのかもしれないのにね。

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そして、ライトアップされたヘラ神殿が見えてきた!まだ完全に暗くなっていないので、最高の夜景というよりは夕景くらいではあるが、しかし、やっぱり暗い中に浮かび上がる神殿は美しい!

本当は、反対側まで行きたかったのだが、あまりにも人がいないことに、何となく我々は焦り始めた。神殿がライトアップされていると言っても、見どころの少ない場所はライトも少なく、暗くて足元も見えにくい。

これは、あまりゆっくりせずに、早く出口方面に向かった方がいいかもしれない。ヘラ神殿は、出入口からは、かなり遠い場所にあるのだ。そんなわけで、ちょっとせかせかと、コンコルディア神殿方面へと向かった。

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ライトアップされたコンコルディア神殿。非常に神々しい。ギリシャ神殿は、均整の取れたプロポーションをしているせいか、現代のライトを当てると、CGのような非現実的な雰囲気を醸し出すのが面白い。

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観光客がほとんど引いてしまった夜の時間。ここからは、人間の時間ではなく、神話の時間とでも言いたそうだ。

…と、神殿の谷の夜に、どっぷりと浸かりたいところなのだが、ほんっとーに人がいないッ!何で誰も、こんな美しい光景を見ないのだ。こういう時、他の観光客がいれば妙に安心するのは、日本人特有のメンタリティなのだろう。日本人を動かすには、「みんなしてますよ」と言うのが正解、などと言う国民性ジョークがあるが、的を射ていると思う。

周りに人がいなすぎて、そわそわしつつも、ヘラクレス神殿まで見たい気持ちの方が強くて、早足でヘラクレス神殿まで行ってしまったよ!

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昼間の明るい時間帯には、力強さが全面に出ていたヘラクレス神殿も、ライトアップマジックで、幻想的になっていた。光の力は偉大であり、特にそれは、闇の中で最大に発揮される。

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いやー、ライトアップの時間まで残ってヨカッタ!神殿の谷の夜は最高っ!ギリシャ神殿ばんざいっ!アグリジェントばんざいっ!

…というわけで、ライトアップの時間まで居座ったことに、ミジンコほども後悔はないわけだが、ヘラクレス神殿から、ディオスクロイ神殿近くの入り口までは、ライトも少なく、足元もかなり暗くなっていた。観光客とは、一組とすれ違っただけであった。やっぱり暗くて人がいない状態というのは、不安な気持ちになる。

神殿の谷にたった二人(という気分)の我々は、さすがに、ディオスクロイ神殿までゆっくり見るのはやめて、神殿の谷の外に出た。こういう時、自分が男性だったら、こんなことに気が小さくならずに、ゆったりと観光できるのだろうけどなあ。生まれ変わったら男性に生まれたいと思うことはあまりないのだが、やっぱり冒険というのは、どちらかといえば男性向きなんだろう。

さて。ここから、市街地の方まで戻らなければならない。来た時にバスを降車した場所の、反対側のバス停に行ってみた。何分にバスが来るのかなーと、バス停を見上げてみると…

アグリジェント

えっ…?

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夕方の遅い時間には、1時間に一本しかいないの…?

しまった。いつもイタリア旅行時には、徒歩でホテルまで帰らない場合、帰りの公共交通機関の時間や、帰り方などは、必ずチェックするようにしている我々なのだが、旅行終盤になると、気がたるんで忘れてしまうのだ…。それも毎年のことで、いつも「家に帰り着くまでが旅行!」と自らを戒めているのに、人間とは実に学習できない生き物なのである。

姉は、神殿の谷が暗くなり始めて、人気がなくなり始めたあたりから、「そういえばバスの時間調べてなかった…」と、気にし始めていたのだが、私は本当にたるみ切っていて、「大丈夫大丈夫。神殿の谷が開いてるってことは、バスだっているはずでしょ」と、イタリアでは、およそ通じない理屈を振りかざしていたのだ。

シチリア旅行が始まったころには、「暗くなる前にホテルに帰る!」とか言ってたくせに、今や、誰もいない暗い遺跡内を闊歩する始末である。人間とはたったの3週間で、こんなに増長するものなのだ。さっきから「人間とは~」とか言ってるけど、これは、人間だからではなく、単に私だからなのかもしれないね…。

ああ、どうしよう。時刻は午後7時過ぎであった。一応、時刻表上は、19時ちょうどのバスがあることになっているが、これはもう行ってしまったのか。それともまだ来てないのか。これが行ってしまっていたら、次は20時の最終バスである。

しかし、バス停には、1番線の時刻表しか載っていない。2番とか3番も、神殿の谷と市街地を結んでいるはずなのだが、時刻表が載っていないだけなのだろうか。もしそうなら、ここの時刻表にない2番や3番のバスが来るかもしれないのだが。いずれにせよ、待つしかない。

15分ほど待ってみた。しかし、バスどころか、車すらあまり通らない。しかも、道はかなり暗い。神殿の谷のチケット売り場を振り返ってみると、まだ灯りが点いている。スタッフさんがまだいるうちに、タクシーなどを呼んでもらった方がよいかもしれない。

そう考えた我々は、チケット売り場まで戻り、タクシーを呼んでもらえないか聞いてみた。チケット売り場には、2人の男性スタッフさんと、警備員さんがいた。しかし、誰も、タクシーの電話番号を知らない、と言う。一応、チケット売り場近くにはタクシー乗り場があるのだが、タクシーの電話番号は書いてない。

スタッフさんたちは、「バスは待っていれば来ると思うよ」「歩いても帰れるよ」などと言うが、この暗い中、市街地まで歩いて帰れるだろうか。来る時もバスで来たので、道に自信もない。イタリアの都市部でない場所は、日本の街路とは比べ物にならないほど暗くて、道も見にくいのである。

そんなこんな交渉をしていうちに、バスが来てしまっても困るので、私が拙いイタリア語で何とか助けを求めている間、姉がバス停でバスを見張ろうということになったのだが、姉がバス停にたどり着こうとしたその瞬間、何と、バスが猛スピードで走り去って行った!

姉が必死に、「待ってー!!!」と追いかけたのだが、何せ、バスは猛スピードだったので、あっという間に走り去ってしまった…。あああああっ!どうする、我々!

脳ミソをフル回転させて、考え付いたのは、もしかしたら、宿泊しているB&Bのオーナーさんなら、タクシーの電話番号を知っているかもしれない、ということだった。電話で話せるほど、イタリア語も英語も自信がないので(情けなや…)、スタッフさんたちに頼んで、オーナーに電話してもらうことにした。

しかし、スタッフさんたち、我々が渡したB&Bのパンフレットの連絡先に電話をかけたが、「かからないよ」と言う。スタッフさんっ!国際通話用の、イタリアの国番号の+39はいらないから!イタリアで電話かける時って、+39とかしないでしょ?

スタッフさん二人で、慎重に数字を読み合わせてボタンを押して…ようやく電話がつながった!そして、話している内容からして…オーナーさんが自ら迎えに来てくれることになったようだ…。ああ、ありがたい…。本当にバカな旅行者が、迷惑かけてしまって、皆様、申し訳ない…。お電話して頂いたので、チップをお渡ししようと思ったのだが、スタッフさん二人とも頑として受け取らなかった。

一件落着したところで、スタッフさん二人のうち、若い方のスタッフさんはお帰りになった。ああ、本当にありがとうございました。そして、年配の方のスタッフさんは、灯りも少ない中、異国の女性二人が心細そうにしていたせいか、何と、一緒に車を待って下さった。

「何でこんな遅くまで神殿にいたの?」と聞かれたので、「ライトアップが見たかったんです。神殿の谷は、8時まで開いてるんですよね?」と聞くと、「7時半までだよ」とのお答えだった。えっ?そうだったんだ!ヘラクレス神殿近くにいたスタッフさんは、8時までと言ってたけど、あれ、四捨五入だったのだね…。さすがアバウトなイタリア…。

オーナーの車はなかなかこなかったので、一度スタッフさんは、「遅いね」と言って、電話をもう一度かけてくれた。そして、「今から市街の方を出るって言ってるよ」と教えてくれた。うん。これもイタリア。日本だったら、すぐに来てくれるのだろうけど、何もかもマイペース。迎えに来て頂く身としては、贅沢など言うものかは。

スタッフさんは、自分が帰らなければならない時間になってしまったらしく、それで、帰る前にもう一度電話をかけてくれたようだ。「僕はもう帰らなればならないんだ。もう少しで来るはずだよ」と、言って下さる彼に、何度も何度もお礼を言ってお別れした。ああ、本当に優しい方だった。こんな愚かな旅人に、親切にして下さって、本当にありがとうございました!

そこから待つこと10分ほどで、オーナーさんの車が到着した。いやー、本当に助かりました…。ありがとうございました。タクシー代として、10ユーロほど払おうと思ったのだが、オーナーは受け取らなかった。

ああ、ギリシャ神殿に浮かれすぎて、アグリジェントの人々何人ものお世話になってしまった。旅の終盤で気が弛む悪癖は、何とかせねばなるまい。どうすれば、私は反省ができるのか。来年以降の宿題である。

こうしてアグリジェント市街地に無事に帰ってきた我々は、オーナーさんが美味しいと紹介してくれた、「EXPANIFIO」というレストランで食事をした。

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アテナ通りを、そのまま西にまっすぐ突き当たった奥の方にある、シナトラ広場の奥まった場所にあるお店である。

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プリプリしていて美味しかったパスタ。チーズがよく効いていた。いやー、食感のよいパスタだった。

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こちらの、ソースがけのお魚も美味しかった。今日は、最後に気をもんだ日であったが、こんなに美味しいディナーにありつけてヨカッタ!

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美味しいものを食べると、すぐ調子に乗る我々は、デザートまで平らげてしまった。アグリジェントだから、アーモンド風味のデザートにしたよ!

というわけで、神殿の谷のライトアップは素晴らしかったが、それを見たがために、いろいろとアグリジェントの人々のお世話になってしまった夜であった。闇の中に、光で照らされて浮かび上がる神殿は美しかったが、暗い夜に、我々を手助けしてくれた地元の人々の温かさこそ、本当の光だったのだなーと、噛み締めた古都の夜であった。