サントリーニ島旅行記3 アクロティリ遺跡のミステリー

明け方、狼の遠吠えのような声で目が覚めた。おそらくこれは、サントリーニ島中にたくさんいる野犬たちが吠えているのだろう。地元の人達や観光客にごはんをもらって、普段は実におとなしい犬たちなのだが、こんなに勇ましい遠吠えをするとはビックリだ。

昨晩は、コンタクトが右目の奥に入った疑惑で騒いだ私だったが、一晩ぐっすり寝て右目は何ともなく、やはりどこかで落ちてしまった可能性が高いようだ。使い捨てコンタクトだから、落ちてなくなってしまう分は何ともない。だが、一応、目の中に入っている可能性が1%くらいはあるかもしれないので、今日はメガネで過ごすことにした。

昨日、オーナーに、朝ごはんを8:30にお願いしておいたのだが、朝ごはんを用意してくれるスタッフに伝わっていなかったようで、8:30には来なかった。こんなことは、イタリアでも慣れっこなことだ。ギリシャ人もイタリア人同様、地中海ののんびりした人たちである。世界でもトップクラスを誇る日本人のまじめさを、世界中で求めることなんて土台無理な話なのである。

姉が見つけてくれたこのホテルは、部屋のすぐ前のテラスで海を見ながら朝ごはんを食べることができる。南欧とはいえ、2月後半の朝に外でごはんを食べるのは寒いのではないかと思ったのだが、全然寒くなかった。恐るべしギリシャの温暖さ。亜熱帯とまでは言えないかもしれないが、亜亜熱帯くらいはあるのではないか(意味不明)。

朝ごはんを食べていると、オーナーがやってきて、今日の予定を尋ねられた。「アクロティリ遺跡に行く予定です」と答えると、「アクロティリに行くには、ここイアからフィラまでバスで行って、フィラでバスを乗り換えなければいけません。でも、今から僕がちょうどフィラに行く予定があるので、フィラまで車で送ってあげましょう」と言われた。

えっ?それはありがたい!イアからフィラまではバスで20分程度なのだが、バスの本数があまり多くはないのだ。

というわけで、オーナーの車で、フィラまで向かう我々。イアからフィラへ向かう道路は、左手方向に海が見える、崖に面したカーブ道で、滞在中何度も通った。何となく、故郷の鹿児島でもよくあるカーブ道で、やっぱり何となくサントリーニ島は鹿児島と似ているなあと感じる。火山仲間ということなのだろうか。

オーナーは英語堪能なので、いろいろお話をした。最近サントリーニ島は日本人観光客が増えたとか、ギリシャの経済状態は少しずつだがよくなっているとか。

このオーナーに限らず、ギリシャ人は、イタリア人よりも英語が堪能な人が多かった。私はギリシャ旅行に備えて、日本で難解な現代ギリシャ語学習に悪戦苦闘したが、無駄な戦いだったようだ。それよりもいまだ未熟な英語力の方を磨いてくるべきだった。

さて、たどりついたのはフィラのバスステーション。フィラは、町の規模としても、立地的にもサントリーニ島の中心となる町である。サントリーニ島の主要な町は、ここフィラからバスでアクセスできる。

…そんなわけで、結構大きなバスターミナルを予想していたのだが…

サントリーニ島

実に「田舎町の小さなバスステーション」って面持ちのバス乗り場。へえ…こんなもんかあ…。観光地として名高いサントリーニ島だが、そんなに観光客向けにバス乗り場とかが整備されているわけではないのね。しかし「LOCAL BUSES」と英語で看板が書いてあるように、ギリシャでは本当に英語がよく使われていることがわかる。

オーナーは、このバスステーションの係員に、「この日本人たちがアクロティリに行くので、よろしく」と言付けてくれた。いやー、助かりました、ありがとうっ!

切符は、窓口で買うのかと思いきや、そうではなく、バスの時刻が近づくと、小銭ケースを抱えたおじいさんがどこからともなく現れて、バスを待っている人たちに切符を売り始めた。

どこかに並んで買うわけでもなく、おじいさんが一人一人に近づいて、行き先を聞きながら切符を売る方式。今みたいにシーズンオフで人が少なければそれでいいけど、夏の混雑時はどうしてるんだろ…。こんな売り方ではさばき切れないと思うのだが。

フィラから出るバスはアクロティリ行きだけではないので、どうやってバスを見分けるんだろうとキョロキョロしてみたが、何のことはない、バスが来るたびに、運転手や切符売りのおじさんが、大きな声で行き先を告げていた。…うん、これも、シーズンオフならこれでいいけどさ、夏は混乱するんじゃないかなあ…。

バス停には、昨夜、イアの夕日スポットで声をかけあった日本人男性や、同じレストラン内にいたフランス人とおぼしき家族もいた。思っていた以上には観光客の多いシーズンオフのサントリーニ島ではあるが、何せ小さい島なので、同じ観光客と何度も何度も顔を合わせることになるようだ(皆、観光のパターンも似ているし)。日本人男性に、これからどこに行くのか尋ねてみると、我々と同じアクロティリに行くとのこと。

アクロティリ行きのバスは、平日だと日に7本ほどある。我々は11時15分のバスを待っていたのだが、定刻通りにバスがやって来た。

しかし、このバスは、ペリッサという海岸行きだと書いてあるので、乗車せずにいると、「アクロティリもそのバスだ!」と後ろから切符売りのおじさんが叫んでいる。?????我々と同じようにアクロティリ行きの切符を持っている観光客は皆、よくわからないが、おじさんに促されてバスに乗り込む。

…どうやら、ペリッサ行きとアクロティリ行きのバスは同じバスで、最初にアクロティリに止まり、終点がペリッサになるようだ(常にそうなのかはわからないので、要確認!)。

バスに揺られて、島の南端のアクロティリを目指す。イアからだと、本当に島の端から端までという感じだ。島内を走る車窓からは、ごく普通のひなびた田舎の風景が見えるが、バスが高台に上ると、海に面した圧巻のカルデラが見える。

45分ほどで運転手さんが「アクロティリ!」と叫び、バスがアクロティリに到着した。バスを降りると、昨夜レストランで会ったシンガポール人グループが、ちょうどバスに乗りこむところだったので、挨拶した。彼らは朝一番にアクロティリに行き、これからこのバスでフィラに帰るようだ。

彼らとちょっとお話する時間があったので、アクロティリはどうだったか聞いてみると、「遺跡はすばらしかった。でも、レッドビーチはノットビューティフル」とのお答え。アクロティリには遺跡以外にレッドビーチという観光名所のビーチがあるのだけれど、それはあまりお気に召さなかったらしい。レッドビーチには行くかどうか迷っているのだが、ノットビューティフルだって言うんだったらどうしようかな…。

バスを降りた観光客は、我々と、フランス人家族と、アメリカ人女の子二人。…あれ?アクロティリに行くって言ってた日本人男性はどうしたんだろ?後ろの方に座ってたから、運転手のコールに気が付かずに降り損ねたのだろうか?…しかし、バスはもう行ってしまったので、もうどうしてあげることもできない。

ぽつんとバス停で降ろされた観光客たちは、遺跡ってどこだろ?と皆で頼りなく右往左往してみたが…

サントリーニ島

どうやら、バス停からすぐ見えている、この建物が遺跡入口のようだ。

姉いわく、アクロティリ遺跡は室内にある遺跡なのだそうだ。へー。遺跡を保護するために、屋根とかつけてあるってことかな?いずれにせよ、遺跡系の観光地は、だいたい外にあって、日光や天候との戦いになるので(ポンペイ遺跡で大雨に降られたりしたな…)、それをせずに済むのはありがたい。

チケットを買って、すぐ右手に見える建物がトイレだった。シーズンオフで人が少ないためか、きれいなトイレだったよ(重要ポイント)!

遺跡は、姉の言う通り、全て屋根と壁で保護されていた。歩くための木道が設けられていて、歩きやすい。

今まで見たポンペイ遺跡だとかフォロ・ロマーノだとかは、足場が悪い所も多かったので、この快適な歩きやすさは予想外だった。なぜだか私は屋久島の屋久杉ランドを思い出して仕方がなかった(屋久杉ランドとは、私のようなひよわな旅行者でも屋久杉を見られるように整備した、屋久島の超初心者用のハイキングコースのことだよ!)。

アクロティリ遺跡

こんな風に完全に屋内にあるアクロティリ遺跡。いやー、見やすくて良いね!

さてこのアクロティリ遺跡、「ただの遺跡じゃん。見に行って面白いか?」とお思いになるかもしれないが、ななんと、紀元前1500年以上前に栄えたとされる町の遺跡なのである。紀元前1500年って………私の計算が間違ってなければ、3500年以上前ってことだよっ!?だいたい紀元前後であるポンペイ遺跡とかフォロ・ロマーノとかとはケタ違いの古さだよっ!?

このアクロティリの文明は、紀元前1500年くらいに、火山の大噴火によって、歴史から突如消えてしまったのだそうだ。ポンペイと同じように、火山灰に埋もれてしまったのが後の時代から見ると幸いで、灰の下で文明の跡が保存されることとなったのだ。発掘が始まったのは20世紀になってからである。

で、この灰の下に埋まっていた文明が、二階建て、三階建ての建物はあるし、階段はあるし、なかなか高度な文明であったのだそうだ。また、ポンペイと違って、灰に埋もれた人骨が発掘されてないことから、「住民たちが噴火を予測するだけの文明を備えていて、先に避難したのでは…?」なんて考えられていたりもする。

この火山の噴火で消えて行った高度な文明は、プラトンが著作の中で触れている、あの有名なアトランティス大陸伝説の元となった文明なのでは?と言われている。そう考えれば、何ともワクワク感が増してくるではないか!「ほー!これが、あのアトランティス大陸のモデルかー!」なんて言いながら鑑賞すると、実に楽しさ倍増なのである。

アクロティリ遺跡

ほー、これがあのアトランティス大陸のモデルとなった文明のツボかー!

アクロティリ遺跡

ほー、これがあのアトランティス大陸のモデルとなった文明の階段かー!

アクロティリ遺跡

三角広場と呼ばれる広場。アトランティス大陸のモデルとなった文明の広場かー!

などとアトランティス気分に盛り上がりながら遺跡を楽しんでいた時に、姉がふと言った。「…ねえ、まさかとは思うけど、あの人、ホテルのオーナーじゃない…?」。…えっ?

…姉が指さす先には、確かに、ホテルのオーナーそっくりの長身のおじさんが、たたずんでいる。「いや、まさか!似てるだけでしょ!」と私は返したが、よくよく見ると、見れば見るほど似ている。た、確かに、オーナーにはアクロティリ遺跡に行くとは言ったけど、だからって、ちゃんと行けたかどうか心配でついてきたとでも言うのか!

…よく考えると、フィラまで車で送ってもらったわけだから、アクロティリまでついてきてくれる気なら、そのままアクロティリまで送ってくれるはずだ。かなりそっくりさんではあるが、まあ似ているだけで別人であろう。ギリシャ人の初老の男性で、1.ジーパンにアース色の上着を着ていて、2.すらっとした長身で、3.腕組みをしながら気難しそうに立っている人はまあまあいるのだ。

しかしそれにしても似ていた。まあそれでも、私は途中から「どう考えても別人だよ」と気にしていなかったが、姉は「イヤ!似すぎだ…!もし本人だとしたら何のために来たんだ…!?」と気にしすぎていて、遺跡に集中していなかった。アクロティリの白昼のミステリー(いや、別人ですから)。

ちなみにアクロティリ遺跡には、じっくり見て回る1時間コースと、途中からショートカットの道を通る30分コースが設けられていて、入口でもらえるパンフレットに載っているが、先ほども触れたように、室内でかなり歩きやすいコースで、1時間コースも、かなりゆっくり見ない限りは1時間はかからないので、よっぽど急ぎじゃなければ、普通に全体を見て歩く1時間コースを行けばよいのではないかと思う。

さて、遺跡を出ると、フィラに帰る13時のバスまで、あと30分あった。シンガポール人も「ノットビューティフル」と言っていたし、レッドビーチはもういいかなと思ったのだが、30分あれば、徒歩10分のレッドビーチまで行って、一目見て帰ってくるだけの時間はありそうなので、レッドビーチまで行ってみることにした。

レッドビーチまでは、バス停のすぐ近くにある表示に沿って、ずっと下って行くだけである。

サントリーニ島

こんなふうに、ギリシャの方向表示には英語が併記されているため、ギリシャ語がわからなくてもへっちゃらである。日本でギリシャ語の読み方を悪戦苦闘しながら覚えた私の努力は一体…。いや、努力ってものは、したことにイギがあるんだよっ!

ビーチまで下る途中には、島らしく、海産物を売るお店みたいなものもあり、奇妙な音楽を流していた。奇妙なって言うか、何か日本の演歌というか歌謡曲に似てるみたいな、何か漁師っぽい歌…(漁師っぽい歌って何だよ…)。

私がギリシャ語学習に使ったニューエクスプレス 現代ギリシア語《CD付》で、日本人のあきこさんがギリシャの音楽を聴いて「何か妙ね」とコメントする微妙なスキットがあるのだが(ていうか、この本はツッコミどころ満載)、こういう歌のことを言っているのかなあ。

とことこと10分弱下ると、海が見えてきた。一瞬ここがレッドビーチ?確かにシンガポール人の言う通り大したことないなあと思ったが、舗装道路の先の方に、岩場の道が続いていたので、もう少し先まで歩いてみた。

そしたら!

レッドビーチ

ジャーンっ!これがレッドビーチっ!こ、これ、ノットビューティフルじゃなくて、ベリィビューティフルじゃないかっ!?いくら人の感じ方には違いがあるとは言っても、シンガポール人、ここまで行かないで、手前の舗装道路で引き返したんじゃないのかなあ?

海の色はこれでもかっていうくらいターコイズブルーっぽい青色だし、それとコントラストを為している、岩肌の赤色が何とも素晴らしい!いやー、これは、サントリーニ島でしか見られない、実に風光明媚な地だといえるだろう。レッドビーチは、私にとっては夕日以上に、サントリーニ島で心に残る風景となった。

…という感動のレッドビーチなのだが、何せ帰りのバスが迫っている。下った道というのは、上らなければならない、つまり、行きより帰りの方がきついし時間がかかるという運命なので、我々は10分足らずで泣く泣くレッドビーチを後にした。

13時のバスを逃すと、次は1時間半後のバスである。16時には閉まるフィラの新先史期博物館に行く予定なので、、13時のバスでフィラに帰らないと、お昼ご飯を食べる時間などを考えると午後のプランが大きく狂ってしまう。

上り道をやや早歩きで上り、バス停に着くと、何人かバスを待っている観光客がいたので、バスには間に合ったようだ。フィラから一緒にアクロティリで降りたフランス人家族と、スペイン人っぽいカップル。このカップルは、行きのバスでは一緒じゃなかったように思うので、ゆっくりレッドビーチを堪能していたのだろうか。うらやましい。

サントリーニ島

これがバス停だよっ!

…さて、バスが、来ない。こ、こんな事態にはね、イタリアで慣れっこですからね、このくらいでへこたれたりしませんよ。我々と家族とカップルは、このバス停付近にうろうろたむろしている猫ちゃんたちと遊びながら(というか遊んでもらいながら)、いじらしくバスを待った。

アクロティリ 猫

アクロティリのお昼寝中の猫ちゃん。…それだけですけどね!別に私だってどうしてもこの写真が撮りたかったわけじゃなくてですね、果てしなくヒマだったわけでしてね!

…それにしても、バスが、来ない。レッドビーチを切り上げて、急いで坂道を早歩きした我々の努力は一体…(いや、バスに間に合ってるわけだから、無駄になったわけではないから!)。もうちょっとゆっくりレッドビーチを見てくりゃよかった…と言ったところで、それは結果論すぎる結果論である。

フランス家族の子供たちは、バス停前の空き地で遊び出し、スペイン人カップルの彼氏の方は、バス停にいるあらゆる人々(といっても、我々とフランス家族だけ)に、「エクスキューズミー、ライターを持ってませんか?」とタバコを吸うための火を求め出した。

ギリシャ神話ではね、火はプロメテウスが大神ゼウスをだまして我々人類にもたらしてくれた知性の光ですけどね、ここにいる人たちは誰も持っていないようだよ、ごめんよ、彼氏君…。

彼氏君はタバコ切れが深刻になってきたらしく、アクロティリ遺跡の管理人のところに火を求めて行ったが、得ることができず、とうとう火を求めてさまよい歩き始めた。がんばれ彼氏君!ギリシャの地で火を求める行為もまた一興!

…しばらくすると、彼氏君が、走って帰ってきた。何で走って来たのかなと思ったその時、彼氏君の後ろから、バスが!我々の希望のバスが!20分以上遅れてやってきたバスに対し、バスを待っている一同から、自然と拍手が沸き起こった。喜びというものは、国境を越えて共有できるという、非常に感動的な一幕であった。

さて、我々を乗せたバスは、帰路、フィラへと向かう。そういえば、アクロティリで降り損ねた日本人男性はどうなったのであろうか。まあ、狭いサントリーニ島、またどこかで会えるだろう(想像通りこの後何度も会った)。とりあえず、フィラについたら、まずはごはんを食べよう。ハラ減ったよ。