アテネからデルフィへ ご自愛しながら行くわアポロン様
アテネからデルフィへ日帰り遠足
午前5時半。携帯のアラーム音で私は目覚めた。
なぜそんな早い時間にアラームを付けていたかというと、7時半のバスに乗って、アテネからデルフィに遠足するためである。
しかし。
喉が痛い。これは、確実に痛い。昨日の、もしかしたら風邪ではなくハチミツが喉にひっかかっているだけでは?と、オノレをごまかすレベルではない。
しかも、何だか気分も良くない。
なぜだなぜだ。
旅行中に私が風邪を引くのは、実は結構あることだ。これまで、8回のヨーロッパ旅行で、2回風邪を引いている。しかも、1回は高熱が出た。確率にして25%。分数にして4分の1。これは、結構な確率で風邪を引いていることになる。
だが、今までの2回は、とにかく「寒かった」「冷えた」顛末であったのだ。過去の教訓を生かして、私は、旅行中はオノレを暖める「温活」に余念がない。その「温活」が裏切られたことに、私はショックを受けていた。
だが、今はショックに打ちひしがれている場合ではない。本日の日帰りデルフィ行きに関して決定を下さなければならない。デルフィは、アテネから片道2時間以上かかり、山の斜面を歩き回る、ハードな旅行地だ。
そして、明後日からは、もっとハードな山歩きが予定されているメテオラ3泊だ。
結論はすぐに出た。アテネから日帰りで行けるデルフィは、今後また行く機会があるだろう。だが、メテオラは、そう何度も行く予定は立てられない辺境にある。
「お姉ちゃん、私、今回のデルフィ行きは見送るよ、ごめん」。
姉の返事はこうだった。
「とりあえず、私も何だか疲れているから7時半のバスで行くのは止めよう。次の10時半のバスまで、もう少し寝てみて、それから考えよう」。
うん、そうだね。しばらく寝てみよう。
<睡眠休憩2時間半後>
さて、再びアラーム音で私は目覚めた。
喉の感じは相変わらず良くないが、先ほどよりは気分はマシであった。メテオラのことを考えると、やっぱりデルフィは止めようかな、と思った。
しかし、姉は「私は一人でも行こうかな。今回デルフィに行かないと、わざわざアテネに滞在した意味がなくなってしまう」と言う。
…姉が行くというなら、私もやっぱりついていきたい。だってデルフィだよ?アポロンの神託だよ?ソクラテスだよ?ヘソだよ?
そんなわけで、「ご自愛しながら観光する」という条件を自分に突きつけながら、私もデルフィに行くことにした。結果的にコレが正解だったのか間違いだったのかはわからないが、とにかく行くことにしたのだ。
アテネからデルフィへ行くバス。これが、2時間以上もかかる上に、アテネの中心部から離れたリオシオン・バスターミナルから出発する。
アテネには、他の町へ行くためのバスターミナルが2つあるが、どちらとも中心部から離れている上に、中心部から直通のバスや地下鉄は出ていない。どうなっているのアテネ。誰がこんな町づくりしたの。だが、成田空港が、都心からあんなに離れている東京人には、文句は言えまいな…。
で、リオシオン・バスターミナルには、もともとの予定では、せっかく地下鉄シンタグマ駅に近いアパートに宿泊しているので、地下鉄でAttiki駅まで行き、そこから数㎞歩いて行くつもりであった。昨日のうちに、地下鉄切符も購入してあった。
しかし、ご自愛するために、直接タクシーでリオシオン・バスターミナルまで行くことにした。ご自愛している謙虚な自分がエライ(本来なら、もっと早くからご自愛して、風邪を予防すべき)。
タクシーは、シンタグマ広場にたくさん待機しているタクシーをつかまえた。アテネのタクシーは、悪いタクシーも多いので(本当に)、最初に料金と所要時間を確認してから乗車した。€10くらいで、30分くらいかかるという。えっ?地図を見たら、リオシオン・バスターミナルって、そんなに遠く見えないんだけど!
だが、€10くらいならいいか、というのと、結構バスの時間が迫ってきていたので、タクシーに乗り込んだ。すると、30分くらいかかるという理由がわかった。道路が混雑しているのだ。この道路の混雑を考えると、元気であれば、リオシオン・バスターミナルには地下鉄Attiki駅下車+徒歩の方が早いかもしれない。
我々が急いでいることを伝えると、運転手さんは急いでくれて、20分くらいでリオシオン・バスターミナルに着いた。料金は€8。今回は、良心的なタクシードライバーさんで助かった。
2時間以上のバス移動に備えて、ゆっくりトイレに入っておきたいので、まずは急いで切符売り場へと行った。デルフィ行きのバス切符は、入ってすぐ左手のカウンターで販売していた。しかし、何だか様子がオカシイ。
「大人往復で2枚ください」と姉が言うと(私はこの後、喉を保護するご自愛モードに入るため、極めて口を開かない人間と化す)、「システムエラーで往復は販売できない。片道だけ売るから、帰りの切符はデルフィで購入して下さい」と言われ、手書きの切符を渡された。
この時は、手書きの切符なんて面白いなーと思ったが、実は、これは第一の罠であった(この後の展開に影響を及ぼすポイント)。
これから2時間以上のバス旅なのだから、リオシオン・バスターミナルでトイレを済ませておくのはマストなわけだ。トイレに行くと、入る前に、掃除の女性に「チップを払って」と言われた。お金を出そうとしているうちに、女性は他の人に呼ばれてしまい、「後で出た時でいいわ」と、向こうに行ってしまった。
このトイレは…トルコ式で(和式に近い)、「入らずに済むものなら入りたくないトイレ」の部類であった。しかし、長距離バスに乗る前のトイレには、入らずに済むものではない。だが、最近気付いたのだが、同じ汚いトイレなら、洋式よりトルコ式の方がまだマシなのである。女性の方なら、何となくわかっていただけると思う。
トイレを出ると、先ほどの清掃の女性はいなかった。チップを払う気はあったのだが、何せいない。バスの時間も迫っているので、バス乗り場へ向かうことにした。ちなみに、コイン式トイレの相場は50セント~€1くらい。50セント硬貨を用意しておけば、スムーズに支払える。
こちらがデルフィ行きのバス。
バスには指定席っぽい番号が振ってあったが、空いていたので、姉と隣りに座らず、ゆったりと座った。風邪をうつしてもいけないしね。
というか、私は、バス内の乾燥した空気から喉を守るために、マスク野郎に変身したため、マスクに耐性のない国の人たちをギョッとさせないため、後ろの方にひっそりと座った。
マスク文化がこれほど浸透しているのは、おそらく日本だけではないかと思う(環境問題が深刻な中国の都市部でも浸透してるかな?)。なぜマスクは、これほど日本人の心をわしづかみにしているのか。
日本人の「自分を隠したい願望」だろうか。それとも、「マスクをつけて変身したい願望」だろうか。…イヤ、どう考えても、「衛生・除菌願望」だな。
しかし、ヨーロッパでは、マスクをしている人はほとんど見かけない。よっぽど悪い感染症を持っているのだろうかと勘違いされても困るので、マスクの濫用には注意が必要である(ヨーロッパ人も、「日本人観光客=マスク」に慣れてきているかもしれないが)。
デルフィへの道筋は、ゴツゴツした岩場と、オリーブの畑の繰り返しという感じで、どことなくシチリア島の雰囲気に似ていた。
私は風邪を治すためにも、姉に了承を取って眠ることにした。デルフィはバスの終点ではないので、本来なら眠りこけるわけにはいかないのだ。しかし、乗客のほとんどはデルフィに行く観光客なので、あまり心配は無い。
<睡眠休憩2時間>
2時間ほど走ったところで、バスが停車した。トイレ休憩だ。2時間後のトイレ休憩は、事前の姉のリサーチ通りである。
「Friendly Cafe」という、いかにも中に入りやすいネーミングのカフェで、トイレ休憩が入る。ネーミングって大事だね。このカフェならすごく入りやすい。他にも「ウェルカム・カフェ」とか言う名前でもアリだね。
トイレの数は多かったので、必ずしも全てがキレイなトイレではなかったが、ちゃんと選んで入れば、それなりに快適にトイレを済ませることができた。ちなみに、このカフェは売店も併設している。だが、何も購入しなくてもトイレを使用することはできる。
このトイレ休憩後には、すぐデルフィにつくものだと思っていたが、ここからが長く、あと1時間はバスに乗っていた。要するに、アテネからデルフィにたどり着くまでに、実に3時間かかったのである。
デルフィに到着する寸前に、車窓から見えたオレンジを積んだ車。風邪っぴきの身には、オレンジのビタミンCはまぶしく映るぜよ。このオレンジ分のビタミンCを摂取したいものだぜよ。