3/13サン・ヴィート海岸旅行記 哀愁漂う蜘蛛の化け物
ペスカーラのB&Bに着いた我々はすぐにB&Bを飛び出し、ペスカーラ駅に舞い戻った。目指すは、サン・ヴィート海岸である。
今回の旅程を決めるとき、姉は一番行きたいのはレッチェだと行った。私は、トリノ周辺か、ペルージャ周辺に行きたかった。
だが、イタリア半島の、東南部のかなり端に位置するレッチェから、北西部に位置するトリノや、ほぼ真ん中のペルージャに行くのは、あまりにも効率が悪い。
トリノやペルージャは、また行く機会が出てくるだろうから、今回はレッチェ周辺で、どこか面白そうなところはないか探してみた。すぐに考えたのはカステル・デル・モンテだったのだが、何せカステル・デル・モンテは、冬季は公共交通機関を使って行く手段がない。
カステル・デル・モンテに近いプーリア州の町は、いつかカステル・デル・モンテに行く日が来たときに一緒に訪問したいし、ここはひとつ、アドリア海沿いをまっすぐ北上してみようかと、地図を見てみたら、レッチェのあるプーリア州の上にあるのは、モリーゼ州と、アブルッツォ州。
この二つの州を調べてみると、アブルッツォ州には、海に突き出した木製の桟橋のような、トラボッキと呼ばれる、釣りのための建造物が存在するらしい。そのトラボッキを画像で見てみると…え?何かコレ、夢か何かで見たことある気がするんだけど!
私の前世がトラボッキで漁をしていたのかはわからないが、とにもかくにもトラボッキに運命感じちゃった私は、このトラボッキを見に行くことに即決したのであった。
しかし、アブルッツォ州。地球の歩き方にも掲載されていない州だ。日本でアブルッツォ州を紹介している本は、ありがたいことにあなたの知らないイタリア ミステリアスガイド・アブルッツォという本があるのだが、本であってガイドブックではないため、どこに行けばトラボッキが見れるのかまではわからない。
そこでワタクシは、グーグルマップで、アブルッツォ州の海岸沿いにトラボッキみたいなものがないか目を凝らして探し(いや、マジがんばったな…)、電車で簡単に行けるトラボッキは、サン・ヴィート・キエティーノという町か、フォッサチェージアという町の海岸にあるという結論に達した。
で、フォッサチェージアは、近くに大きな修道院もあって面白そうなんだけど、駅から最初のトラボッキまでがやや遠い。今回は、レッチェから移動してきた夕刻に訪問する予定なので、駅からトラボッキのある海岸までそれほど距離がない、サン・ヴィート・キエティーノに行くことにした。
ペスカーラからサン・ヴィート・キエティーノ(駅名としてはSan Vito-Lanciano)までは、電車で30分程度。
こちらがサン・ヴィートの駅。駅は少しだけ内陸に入ったところにある。結構たくさん人が降りたのだが、皆、お迎えに来ていた車に乗って、サーっといなくなってしまった。
姉「駐車場しかなくて寂しい駅だねえ。日が沈んだら真っ暗になるかも。無人駅っぽいし、遅くなる前に駅まで帰ってきた方がよさそう」。
特に治安を心配するようなこともなさそうなのだが、確かに誰もいない暗い駅というのは、ちょっと不安だ。暗くならないうちに帰るとなると、17時半くらいの電車で帰ることになる。サン・ヴィート滞在は、1時間半くらいだなあ。
駅を出ると、橋のようなものを渡って、あとはずっと左の方に折れて海まで下る。海までは、下りの道で5分程度だ。一番近いトラボッキは、すぐそこにあるのだけど、サン・ヴィート海岸で、駅から徒歩30分以内に見られるトラボッキは全部で4~5つ。
まずは、サン・ヴィートの海岸の見晴らしがよいと言われる、駅から歩いて30分強のダヌンツィオ岬まで歩き、そこから、駅へ帰りながらトラボッキを見学していくことにした。
ダヌンツィオ岬までは、駅からゆるやかな車道を上っていく。この車道は、海に沿っているのだが、海側に木が生えていて、あまり海の景色が見えない。いいのいいの。海とトラボッキは後からゆっくり見る!まずは、ダヌンツィオ岬を目指せ!
「サン・ヴィート・キエティーノにようこそ!」が、イタリア語、フランス語、英語、ドイツ語で書かれている看板。その上の「Costa dei Tracocchi」というのは、トラボッキ海岸という意味。サン・ヴィートの海岸を含め、トラボッキが立ち並んでいるアブルッツォ州の海岸は、まとめて「トラボッキ海岸」とも呼ばれる。
ダヌンツィオ岬へと向かう車道は、歩道部分が狭い。あまり歩いている人もいなくて、車がびゅんびゅん飛ばしているのがコワイ。
たった1時間半しかない滞在なのに、こんな車道をせかせかと歩いて、姉は「ねえ、ダヌンツィオ岬って、わざわざ行く意味あるの?」と言う。いや、情報が全然ないからわからないよ!行ってみたとこ勝負なのよ!そんな生き方もありなのよ!(誰も生き方の話してません)
ダヌンツィオ岬の「ダヌンツィオ」とは、アブルッツォ州出身の作家・ダヌンツィオから取られている。ダヌンツィオは、サン・ヴィートの別荘に住み、著作活動を行っていた時期がある。
こちらが、ダヌンツィオの別荘跡。博物館になっていて、夏季はオープンしているらしい。
さて、このダヌンツィオの別荘跡まで来たら、ダヌンツィオ岬はもう一息だ。
このような分かれ道で、左の方に入る。いやー、よく歩いたなあ。
ダヌンツィオ岬から海を見下ろすと、見えたぞー!海に突き出ているトラボッキ!先ほどの別荘に住んでいた作家のダヌンツィオは、トラボッキのことを、「獲物を狙う巨大な蜘蛛の化け物」と書いたそうだ。
確かに巨大な虫みたいで、ちょっと不気味なトラボッキ。蜘蛛というよりは、触覚を伸ばした、尻尾の長い、見たこともない虫の化け物に見える。海に突き出て、何か叫んでいるみたいだ。
このダヌンツィオ岬には、のんびりと絵を描いている男性がいて、急にやってきた東洋人観光客の我々を見て驚いていた。もともとそれほど有名観光地でないサン・ヴィートに、オフシーズンにどう見ても観光客というヤカラがやって来てビックリなのだろう。この風景を、絵にしたくなる気持ちはよくわかる。トラボッキは、生きているみたいに見える。
ぼんやりと眺めていたい風景だったが、我々にはあまり時間がない。トラボッキをもう少し間近でも見たいので、来た道を戻ることにした。帰りは下りだからスイスイだよ!
ここから、駅まで、ひとつずつトラボッキを拾って行くよ!
こちらが、ダヌンツィオ岬から見えていたトラボッキを、もう少し近くから見たもの。近くから見ると、化け物感がうすれて、どこか細い脚が今にも倒れてしまいそうな、哀愁漂う雰囲気になる。
反対側から。トラボッキには、ひとつひとつ名前がついていて、このトラボッキは「Trabocco punta turchino(トラボッコ・プンタ・トゥルキーノ)」。長い木製のタラップがあり、海に突き出ているのが特徴。ダヌンツィオが「蜘蛛の化け物」と書いたのは、このトラボッキのことだと言われている。
ほんのりとピンクがかった空と、波の音と、トラボッキ。まさに知られざるイタリアだ。
駅に戻る途中で砂浜に出ると、かなり近くまで行けるトラボッキが現れる。
こちら「Trabocco Antonio Veri(トラボッコ・アントニオ・ヴェーリ)」。夏場はレストランになっているトラボッキだ。冬は残念ながらクローズ中。
トラボッキは、もともとは漁のために作られたものだ。海が荒れている時に、船を出さなくても、潮の流れで魚をとらえやすい場所に仕掛けを作っておく、網漁のようなものである。ずいぶん原始的な方法の漁だが、現在ではほとんどトラボッキでの漁は行われていないらしい。
その代わり、いくつかのトラボッキはレストランに生まれ変わった。トラボッキ自体は海の上にあるので、海の上での食事という、何とも贅沢な体験だ。トラボッキ・レストランを、いつかは経験してみたいなあ。
トラボッキ・レストランを別アングルから。やはり、夏にレストランとして使われているだけあって、こちらのトラボッキは、さっきの「蜘蛛の化け物」と比べると、人間味というか、人懐こい雰囲気を受ける。
先の桟橋にも、二つのトラボッキが見えている。電車の時間は迫ってきているけど、あの桟橋付近は、鉄道駅からも近いエリアだ。せっかくだから早足で行ってみることにした。
桟橋まで行く途中には、廃駅?となっている感じの駅があった。もしかしたら今でも、貨物列車くらいは来ているのかなあ?この廃駅っぽい駅と、夕暮れと相まって、トラボッキはさらに哀愁を漂わせている。
こちらが桟橋近くのトラボッキ。手前に見えているのが「Trabocco sul molo di Nicola Veri(トラボッコ・スル・モーロ・ディ・二コラ・ヴァーリ)」、この写真ではやや見えにくいが、奥が「Trabocco Punta del Porto(トラボッコ・プンタ・デル・ポルト)」。
ちなみに、トラボッキというのは複数形で、ひとつひとつのトラボッキは「トラボッコ」と呼ばれる。「トラボッコ」は、イタリア語で「罠」を意味する「トラボッケット」を語源にしているとか。
このあたりの、トラボッキが静かに波打ち際にたたずむ風景は、独特で非常に味わい深かった。イタリアには何度足を運んでも、「知られざる風景」に驚かされるが、トラボッキ海岸の情景は、期待以上であった。駆け足でも、足を運んでヨカッタ!
まだまだゆっくりトラボッキ海岸を楽しみたかったのだが、謙虚な我々は、暗くなる前に、サン・ヴィートの駅まで戻った。
ちょっと薄暗くなっちゃったけどね!一年前に、アグリジェントの考古学地区で、暗い中バスが来ない道に取り残されてから、我々は謙虚になったんだよ!学べる我々に幸あれ!
駅からは、少し高い場所にある、サン・ヴィートの町が見えている。時間があったら、町まで歩きたかったけどなあ。
それにしても、ちょっと立ち寄ってみたトラボッキ海岸だが、予想以上に素敵なものを見れた!今回はオリエンテーションみたいなものとして、次回はトラボッキの中まで立ち入れる夏場に、もう一度トラボッキ体験してみたいぞ!
ちなみに、私が、トラボッキを夢で見たことがあるんじゃないか…と言っていた件。
私は、5年前に、アブルッツォ州のアドリア海沿いを電車で走ったことがあるので(降車はしなかった)、その時に車窓からトラボッキがちらっと視界に入ったのではないか。それが私の記憶の深い部分に入り込んでいて、それがもとになって、トラボッキ的なものの夢を見たのではないか、というのが現段階の有力説である。