3/19チェファル旅行記1 感じの悪い笑みはなぜ感じが悪いか
チェファルは、パレルモから電車で50分。鉄道駅から町の中心までは、歩いて10分弱。つまり、シチリア島では、かなりアクセスしやすい町である。イタリアの美しい村同盟「BBI」にも、登録されている町である。
海辺のリゾート地であるチェファルの、観光の本格シーズンは夏である。しかし、ノルマン時代の豪勢な大聖堂や、アントネッロ・ダ・メッシーナの名画、裏にそびえる岩山からの眺めなど、夏でなくても楽しめるポイントを、たくさん備えた町である。とどのつまり、強力な観光地なのである。
鉄道駅に降りると、何てことない、普通の駅であった。イタリアの町は、いわゆる旧市街と呼ばれる、町の中心から一歩出ると、結構別世界なのだ。城壁で囲まれていた中世ヨーロッパの町というのは、城壁があった分、内と外の境界線が明確である。
地図を見ながら、中心街の方へ歩いて行くと…
ああ、ここからが中心街なんだな、と明らかにわかるような、オシャレなカフェがあり、その背後には、岩山がそびえてるのが見えている!ちなみに、このカフェの周辺には、地元ヒマオヤジが、かなりの数、座ったり、たむろったりしていた。
イタリアのヒマオヤジたちは、本当に、昼間っぱらから何してるんだろ。彼らの活動が、国内総生産(GDP)に寄与しているのかどうかは、ハナハダ疑問であるが、私の日々の活動だって、GDPにミジジコ程度の足しにもなっていないので、私にヒマオヤジをどうこう言う資格はないのである(のだが、言っている)。
大聖堂へと向かう道の途中にあった、かわいらしい教会。15世紀くらいに建てられた、プルガトリオ教会というらしい。中には入れなかったが、外観がチャーミングだ。
教会の脇には、こんな細い階段の道が続いている。その先に見えているのは、裏の岩山だ。階段を上って行くと、岩山に続いているのだろうか。ぜひぜひ上って行きたいところなのだが、後から、後から!
まずは、チェファルの大聖堂にご挨拶せねばなるまい。ノルマン時代、時の王、ルッジェーロ王2世が、アマルフィに遠征した帰りに、船旅の無事を祈って、シチリアに帰り着いたら、帰り着いたその土地に立派な聖堂を作りますよ!と、神と取引…取引じゃないね、誓願を立てて、願いが叶ったため建てた聖堂、と言い伝えられている。(シチリアへ行きたい (とんぼの本)より)
じゃーんっ!こちらがその大聖堂っ!健全な観光地らしく、ドゥオーモ前にはオシャレなカフェが広がり、その奥に、二つの三角屋根の鐘楼が実にチャーミングな大聖堂っ!後ろには岩山も迫っているよ!何とも素敵な風景!
最初に、この大聖堂に入りたかったのだが、大聖堂をのぞいてみると、ミサ中であった。観光客も何人かは中に入っていたので、ミサ中は立ち入り禁止というわけでもなかったのだが、ミサのため入れないエリアもあったので、大聖堂の観光は後回しにすることにした。
じゃ、どこに行くのかというと、大聖堂から近い場所にあるマンドラリスカ博物館っ!アントネッロ・ダ・メッシーナの、感じの悪い男性の肖像画のある博物館である。この絵、チェファルには行かない可能性も高いので今回は見れないかな、と思っていたので、見れて嬉しいっ!
入場料は6ユーロ。二人で12ユーロ。20ユーロ札しかなかったので、20ユーロ札を出すと、窓口の女性スタッフが、お釣りの8ユーロが用意できない、と言う。そこで、私は「じゃあ、外で両替してきます」と言ってみた。
すると女性スタッフは、「いいの、いいの。両替するのは私たちの仕事だから!あなたたちが鑑賞している間に、8ユーロを用意しておくので、帰る時窓口で声をかけて下さい。その時に渡します」と、日本では当たり前のことなのだが、イタリアでは感涙もののお答えであった。その前に、日本ではそもそも8ユーロのおつりが無いなんてことがない、というツッコミは厳禁である。
マンドラリスカ博物館は、建物そのものも、お屋敷って感じで、おそらくマンドラリスカ男爵の屋敷だったのではないか、という感じであった。イタリアでよく見る、いわゆる邸宅博物館である。
展示室に入ると…意外なものに遭遇した!
…あ、アナタは…マグロオヤジっ…!私が、リパリ島の博物館にあると思い込んでいて、リパリ島で探し回ったオヤジである。記憶違いで、チェファルにあったようだ!
マグロをさばいている商人と、マグロを値踏みしている感じのオヤジ。いやー、何ともイキイキとした、楽しい壺絵だ!宗教的色合いは、ほとんど感じられない、実に庶民的な絵で、商人も、買い手のオヤジも、いかにも賑やかな市場にいるような、豊かな表情をしている。
イタリアで見られる、紀元前の壺絵のほとんどは、ギリシア神話がテーマである。それはそれで神々しく、ギリシア神話好きの私にとっては、また、たまらない絵であるのだけど、宗教色のない絵のイキの良さは、それとはまったく違う魅力がある。
二千年以上の時と場所を超えて、オヤジたちの表情が、我々に非常になじみ深いのも面白い。結局のところ、二千年かけても、人間の情緒というものは、あまり変わっていないのかもしれない。
こちらは、対照的に、ギリシア神話モチーフの壺絵。愛の女神アフロディーテと、恋を司るエロスの親子である。エロスの翼、デカっ!ふてぶてしく座っているアフロディーテの、胸のあたりの表現が、キリスト教絵画とは全く違って、エロティックである。
それにしても、恋愛の神であるこの親子は、何で、恋愛倦怠期の、長く連れ添って枯れた恋人同士みたいに、冷淡な目で見つめあっているのだろうか。ちなみに、この壺は、結婚式の儀式用のものとして作られたらしい。結婚生活は、そう甘いものではないぜ、というメッセージなのかなあ。
この美しい扉は、(多分)このお屋敷の礼拝所に通じる扉として、18世紀に作られたものらしい。こりゃ素敵だね。
これは、美しい電話ボックス…ではなく、人を載せて運ぶカゴみたいなものかなあ?よくわからないけど、美しい。貴族って感じ(私が、貴族が何たるかを、よくわかっていないのがよくわかる…)。
こちらは、黒檀やら象牙やらで作った、何かアンティークなもの(超テキトー)。私は、こういう骨董品ってよくわかんないのだよ!でも、鑑定団好きの姉は、興味深そうに見ていた。そんなにイイかな~、コレ。
このヘルメスも、よくよく見たら、微妙なポーズ取ってるしさ。絶対、このヘルメスにセリフをつけるなら、「ヘーイ、のってるかいッ?」だよ。かなり微妙。こういう骨董品の良さがわからない私は、先祖をどこまで遡っても、貴族には行きつかないに違いない。あ、でも姉は骨董好きだった。この場合どうなる?(どうもなりませんよ)。
むしろ、コイツの良さならわかるね!カワイイったら!くちばし付きのブタさんの花瓶ですよ!リパリあたりで見つかったらしい、紀元前3世紀のものですって!
このアンティークなどが展示されている部屋を鑑賞していると、男性が、息切って下から上がってきて、我々を見つけると、「レスト!(おつり)」と言って、じゃらじゃらと小銭で8ユーロを持ってきた。おー!おつりのことは、もう忘れていたよ!
後で帰る時、窓口でもらうつもりだったのに、我々がゆっくり見ているせいで、「アレ?あの日本人たち、もう出て行っちゃったんじゃ…?」と、不安で探しに来てくれたのだろうか。ともあれ、誠実に探しに来てくれて、ありがとう!8ユーロかき集めてきてくれて、ありがとう!
この古い地図は、シチリアが中心になっていて面白い。真ん中左寄りの方に、シチリア島が描かれているのがわかるだろうか。
さて。博物館の奥の方が、絵画館になっていて、そこに、アントネッロ・ダ・メッシーナの傑作が置かれていた。ライトを暗くして、後ろに黒いカーテンを敷き、スポットライトを当てると言う、イタリアの美術館の中では、なかなか凝った見せ方をしていた。
こんな感じで、闇に浮かび上がって見える。結構小さな作品だ。
アップで見ると、このように、何とも形容しがたい表情をしている。この絵がなぜ有名かというと、この男性の、人を小馬鹿にしたような笑みに腹を立てた人が、この絵に切り付けたという逸話が残っているのだ。
ちなみに、この絵を生で見てみたところ、特別馬鹿にされている感じはしなかった。ただ、この人が、何か考えてそうな感じは伝わってくる。嘲笑・冷笑というよりは、含み笑い、薄笑いの類というか…。
だが、まあ、いずれにしても、感じの悪い笑みであることは確かである。この笑みが、いったいなぜ感じが悪いのかを考えてみたが、やはり、口元の笑みと、笑っていない目のアンバランスさであろう。口角の持ち上げ方自体も、どこか作ったような、不自然さを感じる。
あとは、左右の目のアンバランスさも気になる。左目の二重部分の広さが、右目に比べて大きすぎる。そのことから、この人物が、わざわざ目の周囲の筋肉を動かして、表情を作っていることが推察されるのだ。つまり、この表情は、自然な表情ではない。ある種の作り笑いなのである。
以前、「アルカイックスマイル」がなぜセクシーなのかを考察した時に、口元の笑みに比べて、目が笑ってなくてミステリアスだからではないか、とかなんとか書いた気がするが、この絵も、その意味では「アルカイックスマイル」に似た部分がある。
しかし、アルカイックスマイルが持つセクシーさより、この絵においては、不快さの方が上回っている。それは、アルカイックスマイルは、その笑みの背後で、何を考えているのかわからないミステリアスさがあるのに対し、この絵では、勝ち誇ったような目元に、彼が、彼の目線の先にいる人物より、優位な立場にいる(と、少なくとも彼が考えている)雰囲気を受けてしまうからだろう。
それにしても、この絵は何の目的で描かれたんだろうなあ。おそらく肖像画なのだろうが、もし本当に、内面に含むところがあるような人を描いたのであれば、かなりの傑作である。
アントネッロ・ダ・メッシーナの作品とは言われているが、真偽のほどは定かではないらしい。だが、個人的には、シラクーサやパレルモのアントネッロ作品と比べて、同一人物の作品のように感じられた。
もう一つ、印象的な作品が、同じ部屋に展示されていた。Angelo Caroselliという画家さんによる「Vanitas」…日本語に訳すと、「虚栄」「虚飾」…などというタイトルがつけられた作品。
おそらく、年老いた女性が、着飾って、少しセクシャルに肩を出している姿で、虚飾が表現されている。指さしている本には、おそらくラテン語で「QUAM AMARA MEMORIA TUA」と書かれている。イタリア語だと「苦い思い出」っぽい単語の並びになっているのだが、どうなんだろう。年老いた女性が、若き日の美しい自分を忘れられずにいる姿なのだろうか。
というわけで、アントネッロ作品は印象深い作品だったし、あのマグロオヤジにも邂逅を果たせたし、マンドラリスカ博物館は楽しかった!チェファルの見所はあまりに多く、この博物館のことはスルーしてしまう方もいるかもしれないが、時間があるならば、ぜひ訪問をおすすめしたい。