3/2ローマ旅行記14 マーケットは定休日
朝起きて、天気予報を知るために、イタリアのテレビニュースをつけるのは、我々の旅の日課である。いつもは、5チャンネルをつけて、繰り返し繰り返しリピートされる15分くらいの、比較的まじめなニュースを見るのだが、この日の朝は、何を血迷ったのか、違うチャンネルをつけていた。
ローカル局のチャンネルだと思われるその画面では、異様に朝からけだるくて色っぽいおねえさんが、ニュースを進行していた。背景は真っ白であった。本当に真っ白。言っておくが本当にセットも何もない、真っ白!である。
そして天気予報の時間になった。けだるいお姉さんとは別の、ちょっと明るめのセクシーお姉さん(つまりシャツの前がはだけ過ぎている)が出てきて、天気予報を始めた。明らかに天気予報士ではなく、大げさな身振り手振りで、左前下の方にあるカンペを読み上げていた(ミエミエ)。
彼女は両手の人差し指と中指を、こめかみのあたりで二、三度折り曲げ、大げさに「ヌーボラ、ヌーボラ(雲、雲)!」と宣言した。つまり、今日は曇りがちらしい。このお姉さんは、天気予報が終わる時、画面に向かって、オーバージェスチャーぎみの投げキッスをした。本日もイタリアは平和。
本日の午前中は、母は休憩。私と姉は、カラヴァッジョ作品のあるドーリア・パンフィーリ美術館に行きたかったのだが、ドーリア・パンフィーリ美術館は、ローマパスの割引が対象外なのである。我々は、今日までが期限のローマパスを持っている。やっぱり、ローマパス割引がある所に行くべきよね、と、フォロ・トライアーノと、時間があればカピトリーノ美術館に行くことにした。
フォロ・トライアーノに向けてとことこ歩く、姉と私。途中で、いつも繁盛していて気になっていた、ホテル近くのバールに入った。ここで、あるバールの決まりを発見!カウンターにおいてあるコルネット類(甘いクロワッサンみたいな菓子パン)は、こちら側からケースを開けられる場合は、勝手にこちらからケースを開けて、取って食べてしまっていいようだ。食べた後、「食べたよー」と申告して、お金を払えばOKらしい。って、すごいねえ。食い逃げする人いないのかな?
フォロ・トライアーノに行く途中で、デッカイ教会があったから、「ちょっとだけ、ちょっとだけ!」と行ってサササッと入ってみた。どうにもローマの教会は無料なので、無性に入りたくなる。
この教会の名前はサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会。ドメニキーノという、バロック期の画家さんの傑作「福音史家」があるらしい。
福音書記者といえば、我らがヨハネっちですよ。では、ドメニキーノさん作のヨハネを見てみましょうか。
膝こぞうがまぶしいヨハネっち。トレードマークの鷲にまたがっている。福音書記者というより、元気な少年って感じだ。元気なヨハネもよいね。
こういう寄り道をするのが、個人旅行の醍醐味であるのだけれど、何せローマは寄り道スポットが多すぎて、寄り道しすぎると、本命を堪能する時間が無くなってしまう。何ともゼイタクな悩みではあるが、今後ローマに行くときには、欲張って訪問箇所を増やしすぎないように気を付けたいなと思った次第であった。1週間やそこらで、ローマを制覇しようなどと思わないことだ。ローマは一日にして成らずっ!(使い方間違ってます)
さて、我々が向かっているフォロ・トライアーノだが、フォロ・ロマーノから、通りを挟んだ反対側に、「フォロ・インペリアーリ」=皇帝たちの広場と呼ばれる、遺跡群がある。歴代さまざまなローマ皇帝が、おのれの権力を示すものとして作ったものだそうだが、現在は、少なくとも私のような遺跡素人から見ると、カオスな遺跡群となっている。
その中の一部が、トラヤヌス帝が作った「フォロ・トライアーノ」だそうだが、はっきり言って、どこがトラヤヌスさんのものなのか全然わからない。そもそも「フォロ・インペリアーリ」は、観光客が入れる場所と入れない場所があるらしいのだが、それも、どこが入れてどこが入れないのかわけがわからない。私が思うに、ローマ市だって、ちゃんと把握していないのではないか。
そんなわけのわからない遺跡フォロ・トライアーノだが、ひとつだけ今でもはっきりわかるものが残っている。それが、「トラヤヌスのマーケット」である。4年前に、初めてローマに行き、フォロ・ロマーノに行った時も、通りの反対側に見えていた、このマーケット跡は印象的であった。まるで現代のショッピングセンターが廃墟になったみたいな建物が、でんっと残っているのである。
このトラヤヌスのマーケットに入ってみたくて、今日は、カピトリーノ美術館を差し置いて、フォロ・トライアーノ行きとなったのである。
フォロ・トライアーノ自体は、フォロ・ロマーノやコロッセオが面しているフォーリ・インペリアーリ通りから見えているのだが、入口は、ヴェネツィア広場からぐるっと回った反対側である。このへんを歩いていると、わざわざ遺跡内に入らなくても、遺跡は結構道沿いから見えるのだが、何となくマーケットに入ってみたいのだよ!
遺跡に面した通りから、フォロ・トライアーノの入口に向かう階段になっている道を上っていると、姉が「おっとォ」と言い、足を止めた。姉が振り返っている方向を見ると、中学生くらい?のジーパンをはいた女の子二人が、手に白いダンボールを持って、不自然に我々に近づいてきている所だった。
が、姉をナメてはならない。姉は、どうしてこんな人が私の姉なんだろう…と私は常々思うのだが、幼い頃からものすごくケンカが強かった。ちびっこ相撲大会などで、姉が負けたのをマジで見たことがない。ちなみに、姉はそれほど体格がよいわけでもない。押し出しではなく、投げ飛ばすタイプ、つまり千代の富士みたいな強さなのである(千代の富士を知っていますか?あんなにカッコイイ日本人を私は見たことないですよ)。
ケンカの強い人間というのは、つまるところ、オノレの肉体を武器とする戦闘能力が高い。そういう人間は、敵が近づく危険を察知する能力も高いのである。
その姉は、斜め後ろから近づいてくる不穏な空気に気付き、ゆっくりと振り向き、彼女らをじっと見据えた。すると、二人組は、日本語で「サヨナラ~~~」と言い、そのまま振り向かずに、後ずさりながら去って行った…。
ねえ、コレは。絵に描いたような、「ダンボール・スリ」ですな。イタリアの観光地では、子供や女性などが、ダンボールなどで手元を隠しながら、観光客の周りをちょろちょろとうろついて、「何だろう?」と観光客が不思議に思っているうちにバッグの中身をスッて持って行ってしまうというスリの話をよく聞く。
だが、もうこんな古典的な手口は、都市伝説か何かの類だと思っていたよ!実際に遭遇したこの「ダンボール・スリ」、むしろ記念撮影したいくらいであった。(被害に遭わなかったからこんな余裕かませるんだろうけどね)
ここが、そのスリ少女たちが出没した階段。人通りが少ないわけではないが、ワルモノにだけわかる、スリがしやすい環境が整っているのだろうか。彼女らは、「サヨナラー」の後は、写真右手の方にある、安そうなピザ屋さん?みたいなお店に入って行った。
さて。階段を上ると、立派な建物が、フォロ・トライアーノの入口。フォーリ・インペリアーリ博物館との共通券で、この立派な建物が博物館になっている。
お値段は、もともと9.5ユーロのところを、ローマパス割引で7.5ユーロ。へー。割引率よくないなー。昨日のバルベリーニ宮は半額だったのにさあ。(割引されておいて文句を言う貧乏人)
博物館は(私には)わけのわからない古代彫刻の破片とか建造物ばっかりなので、とりあえずマーケットに繰り出そうぜ!
まずは、外に出る階段があったので、上って上に出てみた。塔みたいな建物があったけど入れなかった。「庭」とか書いてあったけど、庭っていうか、何か場所って感じだった。終わった。
カモメ君がいた。「庭だっつってんだろ!」
次に、下の方に降りてみた。うんうん、マーケットは下の方にあるみたいだね。下の方に下って行くと、行き止まった。終わった。
えー。どうやってマーケットに行くんだろう?
うろうろ。うろうろ。雨も降って来たよ。うろうろ。おんなじ場所を行ったり来たりして、どうやって下の方に行けばいいんだろうなあ、と、下の方をのぞきこんでいると、お兄さん係員さんに、「ごめん、そこはロープは張ってないけど、入らないで」と言われた。
そこでお兄さんに聞いてみた。「私たちマーケットに行きたいのだけれど、どうやって行けばいいのですか?」。お兄さん「ごめん、閉まってる」。
は?
姉は言った。「閉まってるとか、おかしくないですかっ?だって、このチケットにはマーケットって書いてあるんですよ!私たち、マーケットを見に来たんですよっ!?」。お兄さんは、「あははははー!確かにそうだね!超ごめん!あはははははー!」と笑っていた。笑いごとじゃないっつーの!
これが購入したフォロ・トライアーノのチケット。「マーケット」って書いてある。
はあー。あり得ないことだが、あり得たのだからしょうがない。上からマーケットを見るか。
これが、上から見たマーケットでやんす。アラ素敵。
これもちょっと角度を変えて上から見たマーケットでやんす。アラ素敵。
終わった。
フォーリ・インペリアーリ博物館の中もせっかくだから鑑賞した。ごろっとした遺跡がいっぱい展示してあった。遺跡だった。こういう遺跡のおもしろさがわかると、ローマ滞在はさらに楽しくなるんだろうけどなあ。遺跡につよくなるためにはどうすりゃいいんだろ。とりあえずテルマエ・ロマエ I (BEAM COMIX)でも読めば、少しはつよくなるのかなあ(可能性低)。
さてよ。マーケットも閉まってたことだし、やさぐれた気分で博物館を出ようぜ。マーケットに入れなくて、消化不良の感があったので、「この後カピトリーノ博物館でも行く?」という案が出たのだが、1時間足らずではとても堪能できなそうだと思い断念した。
フォロ・トライアーノを出て、さっきのスリ少女達がいた階段を下り終わると、階段を下り終わったところに、スリ少女たちがまだいた!何をするでもなく突っ立っていて、きっとターゲットとする観光客を物色してるんだろうなあ。わかってるんだぞ、という意味をこめて、しっかり視線をくれてやると、なぜかガッツポーズを返された。
ホテルまでの帰路の途中、何でもない道の真ん中に、本当にちょっとした遺跡発見。
車の前の、柵に囲まれた部分にあるコレは、どうやらこの場所にあった古代彫刻の、足だけが残っているものらしい。フツーに道の真ん中に、こういうものがあるのがローマのおもしろさである。遺跡のことはよくわからない私だが、こういう「思わず遺跡」的なものはなかなか楽しい。私がこの遺跡に近づいて、まじまじと見ていると、いつのまにか、欧米人観光客が後ろにタカっていた。誰かが見ているものを見たくなるのは観光客のサガである。
ホテルに帰る途中で、ヒヨコでも見て帰ろうぜってことになった。
ヒヨコ。とは。
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会前にあるベルニーニ作の、オベリスクを背負ったゾウの像である。ぞうのぞう。ゾウのくせに、ヒヨコという愛称で呼ばれている。もともとはもっさりしていたことから「ブタ」と呼ばれてたそうなのだが、イタリア語の「ブタ」とローマ弁の「ヒヨコ」の発音が近いために混じってしまい、今では「ヒヨコ」になっちゃたんだそうな。
コレがヒヨコ。あちら側に見えている、茶色のまるい物体はパンテオンの後ろ姿。パンテオンは、前から見た姿と、後ろ姿がずいぶん違う。
ちなみに、上の写真が、今回撮影したヒヨコの写真なのだが、どうして正面から撮らなかったんだろうねえ?3年前に、正面からショボイカメラで撮影した画像があるので、参考資料として載せておきますね。
参考資料。3年前のヒヨコ。
いや、ねえ、後ろから見ようと、前から見ようと、ヒヨコは「可愛くて仕方がない」って程のことはないですよ。ただ、何か無視できない存在なのでありますよ。背中に乗っけてるオベリスクが重たそうで、何だか放っておけないのかなあ。がんばれって言ってあげたくなるヒヨコ。母性本能をくすぐるヒヨコ。
せっかくヒヨコまで来たので、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の中にもサササッと入ってしまおう。3年前にも入った教会である。サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会とは、「女神ミネルヴァ(ギリシャ神話のアテナ)の上に建てらえたマリア教会」という意味で、もともとはミネルヴァを祀る神殿が近辺にあったらしい。すぐ近くにパンテオンもあるので、古代ローマではちょっと重要な地域だったのかもしれない。
内部は、この鮮やかな青天井。3年前も、この天井の青が非常に印象的だった。
中はさまざまな芸術作品で飾られているのだが、最も有名なのは、ミケランジェロ作のこちら。
「あがないの主イエス・キリスト像」。なかなか表情が素敵な作品なんですけどねえ。ホラ、やっぱり誰がどう見ても、後世に「丸見えでハレンチだ」と言って付けた銅製の腰布がオカシイですよねえ。不自然に隠してる方がむしろハレンチですよ。堂々としていれば何とも思わないのにねえ。
うちの姉さんが好きなのが、ロマーノ作「受胎告知」。聖母マリアの仕草が優美な作品。
フィリッピーノ・リッピの大きな作品もある。その中に描かれたこの二人は、メディチ家出身の二人の教皇の若かりし頃の肖像と思われる。推定で右の茶髪が、メディチ家の最盛期に君臨したロレンツォの息子レオ10世。レオさんは不細工だったらしいので、おそらく美化されている。左の金髪が、美男とホマレ高かった、ロレンツォの弟ジュリアーノの息子・クレメンス7世。クレメンスさんはパパ似の美形だったらしいので、おそらく美化されてない。
ペルジーノ作の「イエス・キリスト」の肖像もある。ものっっっすごく小さな作品だが、やさしさが画面から滲み出るような、なかなか良い作品だった。ペルジーノの絵は、アルカイック・スマイル的な表情が特徴的で、それが良かったり良くなかったりだが、この作品は、良さが出ているように思った。
というわけで、駆け足で鑑賞したサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会。パンテオンすぐ近くで、見どころがなかなかたくさんあるので、ぜひ立ち寄ることをおすすめする。かわいいヒヨコが目印よ☆