3/12モンテプルチャーノ旅行記 下り坂、帰りは上り坂

ピエンツァ初日の朝。我々母娘は、今日はとっても早起きをした。というのも、今日はピエンツァの隣町・モンテプルチャーノへ行くのだが、宿泊しているアグリのオーナーの娘・ラウラが、モンテプルチャーノへ車で出勤するついでに送ってくれるのだ。なので、彼女の出勤時間に合わせて、8時前には出発するのだ。

早起きして、朝ご飯の準備をしているその時!ジジジジジ…パリーン!という音がして、フッと部屋中の電気が消えた。………停電???幸いにも朝日が昇り始めていて、カーテンを開けると、部屋の中も身動きできるくらいの明るさだったので、それほど苦にもならないけど…何が起こった?

パリーンと音がした方へ行ってみると、洗面所のランプが、洗面台に落ちて割れていた。姉いわく、「実はこのランプ、昨日から点いたり消えたりしてたよ。合わないランプ使ってて、ショートでもしたんじゃないかな」。ひえー。洗面所に誰もいなくてヨカッタ!本当にイタリアではいろいろあるなあ…。実は、イタリアでの宿泊中に停電を経験したのは初めでではないので、何となくブレーカーの上げ方がわかったので、入口近くのブレーカーを上げると、電気は復旧した。

朝ご飯は、買ってきたパンに、昨日ここのアグリでもらったハチミツとジャムをつけて食べた。そしたらば!このハチミツとジャムが美味しかった!特にハチミツ!何これ!?確かに、昨日キウージから乗ったタクシーの運転手さんは、ここらへんはハチミツとジャムが美味しいって言ってたけど、本当だったよ!人生でこんな美味しいハチミツを食べたのは初めてだ。ハチミツという食べ物が、私の人生の中でこんなにも存在感を発揮したのも初めてだ!

イタリア人だから、どうせラウラは遅れるかなーと思っていたが、さすがに出勤のためか、時間通りに出てきた。モンテプルチャーノへのバスの本数は少ないので、送ってもらえるのはすごくありがたい。

ラウラは、モンテプルチャーノで学校の先生をしているのだそうだ。そっかー。先生が本業で、アグリの方は副業でやっているのね。ピエンツァからモンテプルチャーノまでの道のりは、素敵なトスカーナの丘陵地帯が続く。やっぱりトスカーナは何度来ても最高だ。何だろうね、このやさしい風景。トスカーナに来ると、自分が旅行中であるという緊張感がほとんどなくなってしまい、自分が自然体で風景の中に溶け込んでいるような、不思議な感覚になる。

ラウラに、破裂したランプのことを話してみると、「あらー、そうですかー」という薄い反応であった。あまりにも普通に流されたので、通じてないのかと思い、旅のイタリア語のイラストなどを使って、もう一度丁寧に説明したのだが、それでも「あらー」という反応であった。…イタリアではよくあることなのかね?ちなみにこのランプは、自分たちで片付けた。無くてもそれほど困らない場所のランプだったので、そのままランプ無しで過ごしたけど、ラウラは、我々が帰った後に部屋に入っても、このランプが無くなってること、気付きも思い出しもしないだろうな…。

さて、車はわずか10分足らずで隣町・モンテプルチャーノへ到着した。車で10分などと言うと、ちょっと頑張れば歩けるんじゃ?と思われるかもしれないが、日本の都会の、信号待ちや曲がり角の多い道路とは全く違って、一本道を、ほとんど信号にひっかからずにスイスイ走るので、実はとてもじゃないが、気楽に歩ける距離ではない。ラウラは、帰りも拾ってあげようか?と言っていたが、帰りは何時になるかわからないので、バスで帰ることにした。ありがとう、ラウラ!

さて。モンテプルチャーノ。姉と私はもうトスカーナ地方の景色はわりと見慣れているのだが、母は、車から見えたトスカーナの丘陵地帯の景色にすっかりとらわれた。モンテプルチャーノは、町の外にある教会まで行きたいので、私はすぐにでもモンテプルチャーノの町歩きを始めたかったのだが、母は「景色がしっかり見えるところを探したい」と言って、町の外環を歩き始めた。

モンテプルチャーノから見える風景はキアーナ渓谷。キアーナ渓谷は、トスカーナ特有の丘陵地帯の風景を持つ。

モンテプルチャーノ

モンテプルチャーノ

もちろんキアーナ渓谷も、トスカーナのやさしい風景の代表のような素敵なパノラマなのだが、おそらく、我々が宿泊しているピエンツァから見える、オルチャ渓谷の風景は、それ以上に特別な風景であることが予想される。モンテプルチャーノは、風景もきれいだけど、街並みの雰囲気の良さで知られる町。そこで、母に、「風景もいいけど、とりあえず町の中に入ろうよ」と促して、プラート門と呼ばれる門から町に入った。

モンテプルチャーノ

こちらがプラート門。

モンテプルチャーノ

門の上方には、昔フィレンツェに支配されていたことを示す、メディチ家の紋章があった。

モンテプルチャーノ

プラート門をくぐると、すぐに猫ちゃん!イタリアの、車があまり通らない小さな旧市街には、本当に猫ちゃんが多い。そして、古い中世の街並みには、猫はとっても似合うのだ。

私は、このまま、メインストリートを真っ直ぐ歩いて行きたかったのだが、キアーナ渓谷の風景を見たい母は、町の端の道の方へと逸れていく。風景を見たい母。町の真ん中の道を歩きたい私。板挟みになる姉。人数が増えると、行きたい場所の意見が割れてしまい、なかなか大変である。解決策としては、やっぱり分業制だろうなー。それぞれの町で、誰がイニシアチブを握るかを、あらかじめ決めておくのがよいと思う。

途中からメインストリートへと戻った。

モンテプルチャーノ

ここモンテプルチャーノでは、ひとつやらねばならないことがある。それは、お金をおろしておくことである。というのも、宿泊しているピエンツァには、たった2つしかATMがなく、その2つのATMでは、いずれも私の持っている国際キャッシュカードが使えなかったからね!

モンテプルチャーノの、メインストリートのほぼ真ん中にある郵便局に行ってみると、ちょうどATMの修理をしていた。おうっ…オーマイガッ!手持ちのユーロは少なくなってきているし、3日後にボローニャに移動するまで超緊縮財政か!?との思いが脳裏をよぎったが、修理しているおじさんは、「30分で終わるから、30分後に来てくれる?」と言った。

…イタリア人の30分は1時間だと思った方が良い。1時間後に直っているかも微妙だが、1時間後にかけてみるしかない。モンテプルチャーノは小さな町なので、あちこち歩き回って、1時間後に郵便局に戻ることにした。

モンテプルチャーノ

モンテプルチャーノ

モンテプルチャーノ

トスカーナの丘の上の町はどこもそうだが、かわいらしい狭い坂道が続く。旅行オフシーズンのためか、観光客はほとんどいなかったが、地元の人とはちらほらとすれ違う。モンテプルチャーノには大きなバスターミナルがあり、オルチャ渓谷・キアーナ渓谷周辺の町への交通の拠点となっている。モンテプルチャーノ自体、それほど大きい町ではないのだが、この一帯では、一番大きな町なのかもしれない。

モンテプルチャーノ

それにしても、モンテプルチャーノでは、猫ちゃんにたくさん遭遇した!

モンテプルチャーノ

このぶち猫ちゃんは、この直後、犬にビックリして、上の方の窓に飛び乗ろうとしたのだが、失敗した。成功してればだいぶカッコよかったけどね!この写真の中には、もう一匹猫ちゃんがいるのがおわかりだろうか?

モンテプルチャーノ

ドアのところから顔を出しているこの子だニャ!

モンテプルチャーノ

窓辺にいたりりしい猫くん。古いヨーロッパの街並みには、本当に猫がよく似合う。イタリアで出会う猫ちゃんは、首輪をしていなくても、結構キレイで、肉付きも良い猫ちゃんが多い。完全なノラ猫ではなく、町の人たちが、ごはんをあげているのだと思われる。

モンテプルチャーノは、メディチ家の最盛期を支えたロレンツォと親しかった、ルネサンス期の詩人ポリツィアーノの出身地である。ポリツィアーノの詩は、あのボッティチェリの「春」にも影響を与えているのではないかと言われている。ポリツィアーノが生まれた家があった通りは、ポリツィアーノ通りと呼ばれている。

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こちらが「ここでポリツィアーノが生まれたんだぜ!」という碑文。ポリツィアーノの本名は、アンジェロ・アンブロジーニと言うらしい。

ポリツィアーノ通りをそのまま進むと、町の南端に到達する。その南端にサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会という教会があったので、入ってみると、シエナ派っぽい聖母子像の絵が飾られていた。

モンテプルチャーノ

シエナ派の絵は、フィレンツェ派の華やかさに比べると、地味であるが、人物が鑑賞者に対して媚びた表情をしていないところが、最近ちょっとだけ好きになってきた。ちょっとだけよ。こういう良さがわかるようになるには、私にはおそらくまだ人生の熟成が足りないのである。まだまだゴーヤーの美味しさがわからない、子供の味覚なのだ。

さて。どの道、郵便局までは戻らなければならないので、その途中でドゥオーモに寄って行くことにした。

モンテプルチャーノ

こちらがドゥオーモ。おそらく、正面は未完成のままである。イタリアでは、よく正面が未完成のまま終わっている教会があるが、私は何となく、この荒削りなまま終わっている未完成教会の外観は嫌いじゃない。教会としては、「僕は未完成で終わってしまってるんだよ!本当はもっとキレイになる予定だったんだよ!」と言いたいところだろうが、何気に、思わず素朴ないい味を出していると思う。

ドゥオーモのある広場には、フィレンツェのヴェッキオ宮にそっくりな建物が。

モンテプルチャーノ

似すぎ。というか、この建物があるだけで、広場がルネサンスって感じを醸し出している。モンテプルチャーノは、中世的な狭い石畳の坂道と、ルネサンス建築がほどよくミックスされた町、という感じだ。最近ようやくイタリアにおける、「中世的」と「ルネサンス的」と「バロック的」の違いが分かってきた気がする。「中世的」はごちゃっとした中にも秩序があり、「ルネサンス的」は秩序的、「バロック的」はうねっとして無秩序って感じだ。(これで分かったつもりですか…?)

モンテプルチャーノ

広場にはこんなかわいらしい井戸があった。この井戸はルネサンス的。なぜかと言うと、上の方にメディチ家の紋章があるから(さっき言った区別法と何も関係ないじゃんよ…)。

さあ、ドゥオーモに入ってみようっ!

モンテプルチャーノ

内部はこんな感じ。中央に飾られた祭壇画がひときわ目立っている。

このドゥオーモには、市民の信仰を集めている聖母子像があるというので探してみると、左側の壁に、とても小さな絵が埋め込まれていた。

モンテプルチャーノ

うん、やわらかい色合いが素敵だね!こんなに小さいとは驚いたが、聖母のチークとか、幼子イエスの洋服とかの色が、ほんわかしていて心温まる。おそらくシエナ派の絵だと思われるので、人物の表情は、現代の我々から見るとちょっと感覚が違うのだが(幼子イエスの顔が老けすぎてるとか)、全体としてやさしい雰囲気の絵なので、親しみやすい聖母子って感じだ。

さて、そろそろ1時間以上はたったので、郵便局に戻ることにした。ATMがきちんと直っている確率は、五分五分と見た!

モンテプルチャーノ

モンテプルチャーノは、わりとどこを歩いても楽しい街並みだ。イタリアの丘上都市は、坂道が多い。石畳の坂道を歩くのはなかなか足が疲れるが、疲れてでも歩きたい坂道である。何で坂だらけの町って、こんなに風情が出るんだろう。坂道について哲学してみたいよ。「坂道とは、人生に似ている。下りた坂は上らなければならないし、上った坂は下らなければならないのだ」。…当たり前のことだね。哲学終わり。

で、郵便局に戻ると、ATMは無事に稼働していた。おっしゃ!イタリアでは当たり前のことで喜ぶことができる。シアワセである。

無事に現金をゲットしたので、カフェで一休みすることにした。モンテプルチャーノのカフェと言ったら有名なのが、「カフェ・ポリツィアーノ」。老舗のカフェで、誰か有名人(忘れた。つまり私の知らない有名人)も来たことがあるとかCREA Traveller (クレア・トラベラー) 2011年 10月号 [雑誌]に書いてあった。

中に入ってみると、確かにイタリアでよく見るもっさりしたバールとは違い、エレガンスで雰囲気のよい内装だった。というか、今までイタリアで見たカフェで、一番好きな雰囲気かも!まあ、ローマとかフィレンツェの有名カフェは、人がたくさん集まっているので、ゆっくり内装を見る時間がないというのもあるのだけれども。

母もあんまり疲れていないということだったので、テーブル席には行かず、カウンターでちょろっとコーヒーを飲んだ。観光客自体が今の季節ほとんどいないので、カウンター席は地元の人だらけ。こんなにエレガンスなカフェでも、カウンターで飲むコーヒーは、他のもっさりとしたバールと同じ1ユーロなのである。カウンターの立ち飲みコーヒーは、イタリアでは基本的人権なのだ(Byバール、コーヒー、イタリア人~グローバル化もなんのその~ (光文社新書)

さあ。コーヒーでリフレッシュした後、行き先は決まっている。町の外にある、マドンナ・ディ・サン・ビアージョ教会へ行くぞ!

モンテプルチャーノの市街地から見える、白いクーポラのこの教会である。何てったってね!遠目に見てもめっちゃ美しいのだ。近くに行かなきゃね!

マドンナ・ディ・サン・ビアージョ教会に行くには、町の西側にあるグラッシ門から出なければならないのだが、そのグラッシ門までに至るまでの道が、異様な急勾配の坂!

坂道の上に、妙に入り組んでいて、道がよくわからない。この坂を苦労して上って、道が間違ってたとかだったら悲劇なので、途中で会った地元のおじいちゃんに道順を聞いた。おじいちゃんの指示だと、地図とはちょっと違うなあと感じたのだが、地元民の方が正しかろうとおじいちゃんを信じて進むと、見事にグラッシ門にたどりついた。ありがとう、おじいちゃん!地図と違う風に感じてしまったのは、中世の入り組んだ坂を歩いているうちに、方向感覚が無くなってしまっていたようだ。

モンテプルチャーノ

こちらがグラッシ門。ここをくぐって、どんどん下る。

モンテプルチャーノ

結構な急勾配だけど、下り坂はらくちーん!

モンテプルチャーノ

どんどん下ると、目指す白いクーポラが見えてきた!途中で、洗濯物を干しているおじいちゃんがいて、この季節に珍しい観光客を見て手を振ってきたので振り返した。何て平和なモンテプルチャーノ。

モンテプルチャーノ

坂を下って下って、ようやくついたぞ!マドンナ・ディ・サン・ビアージョ教会!いやー、これは美しい!これは美しいよ!何と言うか美しい(ボキャブラリーなさすぎの私)!あんまりよくなかったお天気が、この教会に着いた辺りで急に晴れて、青空が広がった。青空に白が浮かび上がり、清純にしてエレガンス!飾りすぎず、簡素過ぎず、ほどよい装飾感である。いやー、今までイタリアで見た教会の外観としては、おそらくトップ10には入ると思う!(まだ脳内ランキング整理したことないけど。今度してみよう。)

残念ながら、中は盛大な工事中をしていて立ち入り禁止であった。だが、外側は工事してなくてヨカッター!

モンテプルチャーノ

モンテプルチャーノ

教会周辺から見えるキアーナ渓谷の景色もステキである。天気もよいし、非常に気持ちの良い場所だった。

この教会のすぐ近くに、教会を見ながら食事が取れる、有名な「ラ・グロッタ」というレストランがあり、お昼はここで食べるつもりだったのだが、教会が工事中のためか、長期休みになっていた。

というわけで、さっきのカフェ・ポリツィアーノでランチをしようかという案も出たのだが、姉が言った。「今、ちょうど天気がいいじゃん?天気がいいうちにピエンツァに戻って、お昼はオルチャ渓谷を見ながら、パニーノでも食べない?」。イイこと言うね~!モンテプルチャーノはかなり気に入って、もう少し長居したい気持ちもあったのだが、天気は待ってはくれない。よし。ピエンツァに帰ろう!

何となく天気のことで気が急くため、モンテプルチャーノの旧市街へといそいそと戻った。が!来るときに余裕で下ってきた急な坂道、今度は上らなければならないのだ…!うをー!結構キツイよー!こんな時、いつも私は箱根駅伝の山登り区間のことを思うのだが、そんなことを脳裏に浮かべたって、上り坂が楽になるわけではないのだ。

ようやく旧市街にたどりついた。この時間、ピエンツァへ行くバスはないので、インフォメーションでタクシーを呼んでもらわなければならない。一秒でも早く、天気が良いうちにインフォメーションにたどりつきたかったのだが、モンテプルチャーノのシンボルであるプルチネッラの塔だけはどうしても見ておきたかったので、寄り道。

モンテプルチャーノ

この塔の何がかわいらしいって、上方にプルチネッラという道化師の人形がいるのだ。

モンテプルチャーノ

こちらがプルチネッラ。今でも鐘をついて、時間を知らせてくれるらしい。鐘をついている姿を見たいよー!それに、この周辺ももっとゆっくり見学したいよー!

でもさあ、空をご覧よ。さっきまで良かった天気が、もうくもってきている!モンテプルチャーノはだいぶ気に入ったし、おそらく再訪することになるだろう。名残惜しいながらもプルチネッラに別れを告げて、我々はプラート門から旧市街を出て、インフォメーションへと行った。

インフォメーションの女性に、「ピエンツァまでのタクシーを呼んで頂けますか?」と聞くと、すぐに電話してくれた。「15分後にパオロというドライバーが来るわ。インフォメーションはあと10分でお昼休みに入るので、外のベンチで待っててくれるかしら?」とのことだった。

まあ、15分後ということは30分後だろう。気長にパオロとやらを待つことにした。思った以上に見どころが多く、なかなか半日で帰るには名残り惜しいモンテプルチャーノ。まだまだ行ってない町がイタリアにはたくさんあるというのに、また再訪したい町が増えてしまったのだ。