3/13ピエンツァ旅行記3 野うさぎ駆けた!オルチャ渓谷
どうにも風邪が治り切らない私。毎朝早起きばっかりしていたので、今日はゆっくりぐっすり眠ろうぜ、てなわけで、目覚ましをつけずに眠った。
すると、やはり睡眠の力恐るべし。あれだけしつこかった風邪が、目を覚ますとほぼ完治していた。どんなにゆったり日程とは言っても、やっぱり休憩の日はなきゃダメなんだなー。
天気予報は相変わらず芳しくない日々が続いているが、毎日、予報よりはマシな天気で持ちこたえている。この日も、雲が多くはあったけれども、太陽の光は差していた。皆、晴れているならば、行きたい場所はひとつ。「もう一度オルチャ渓谷の方へ下りよう!」
「地球の歩き方」によると、丘の上にあるピエンツァの町のふもとに、サンティ・ヴィート・エ・モデスト教会という古い教会があるらしい。午前中は、その教会を目指して丘を下りて、教会を見た後、そのままオルチャ渓谷の方まで下る、という計画になった。
このサンティ・ヴィート・エ・モデスト教会だが、地球の歩き方の地図では、地図外になってしまっていて、詳細な場所が載っていない。まあ、行けばわかるだろうと思っていたが、案内板もない。
そこで、旧市街のすぐ外、ダンテ広場にあるインフォメーションで聞いてみると、行き方を教えてくれて、地図ももらえた。よく見てみると、インフォメーションの女性がマルをつけた教会は、サンティ・ヴィート・エ・モデスト教会ではなく、ピエーヴェ・ディ・コルシニャーノ教会(Pieve di Corsignano)となっている。もう一度、地球の歩き方を見せて聞いてみると、同じ教会の、違う呼び名だそうだ。
どうやらピエンツァでは、この「ピエーヴェ・ディ・コルシニャーノ教会」という名前の方が一般的なようで、「Pieve di Corsignano」という案内板ならたくさんあったため、地図を見なくても、案内板に従って到着することができた。ダンテ広場から、5分強くらいとことこと下ったところにこの教会はあった(帰りは上りだから10分くらいはかかるよ!)。
おおっ!古めかしくて、なかなか素敵な教会っ!
残念ながら、扉は閉まっている。地球の歩き方には、「閉まっている場合は教会に許可を申し出る」と書いてあるんだが、閉まっているんだから誰にも許可なんか申し出れないよ。電話番号は書いてあるのだが、電話をかけるほど語学力に自信がないため、「まあ、外観を見れればいいよね」と言って、外側の見学を始めた。
12世紀にできたロマネスク期の教会のため、ロマネスク特有の、なんとも形容しがたい装飾がかわいらしい。
正面には、ロマネスク教会によく見られる、大股開きの人魚のモチーフ。人魚と言えば、人魚姫の童話のためか、日本ではしっとりした幸の薄い美人というイメージだが、ロマネスク美術の人魚は多産を象徴しているそうで、子だくさんの肝っ玉母さんという感じがする。
で、中央の人魚さんは肝っ玉母さんということでよいのだが、左端の人魚さん…
この人魚さんが何か楽器のようなものを奏でているのは、ギリシャ神話に出てくる、美しい歌声で船乗りを誘惑するというセイレーンに由来するのかなと思うのだけど、何か、左側のウツボみたいな珍獣が、耳に食いついているよ…。
ロマネスク期の教会には、こういう、変な珍獣(同義反復だよ)が何かに噛みついている図像が、非常に多い。これはいったい何だと言うのか。
教会によく「最後の審判」の図として地獄の絵が描かれるのは、「しっかりお祈りしないと地獄に落ちるぜ!」というメッセージとしてわかりやすいんだけど、こういうあんまり怖くない珍獣は、さすがに「お祈りしないとこういうヤツに喰われるぜ!」という脅しのメッセージ性を持っているとは思えない。異形のロマネスク 石に刻まれた中世の奇想という本があるので、今度(今度っていつだろう)読んでみよう。
他にも、こういうおっさんだか宇宙人だかわからない、半笑いを浮かべている人物の像とか。
何だかつかみあいのケンカをしているっぽい図とか。上の方に、ケンカを止める気0%の、無気力な天使さんがいるね。
教会の外環をぐるっと回って、「外側だけでもなかなか楽しかったね」と、引きあげようとしたまさにその時、上の旧市街方面から一台の車が降りてきて、教会前で停まった。
車の中から男性が出てきて、我々に向かって、「すぐに開けるからね!」と話しかけ、キラーンと鍵を取り出して、教会の扉を開けてくれた。おおっ!ありがとう!めっちゃグッドタイミングっ!…て、タイミング良すぎだよな。おそらく、我々がこのピエーヴェ教会の場所を尋ねたインフォメーションの女性が、「今から日本人がピエーヴェ教会に行くから、カギを開けてあげて!」と教会の管理人さんに電話してくれたんじゃないかな。もしそうだとしたら、何て有能で親切なインフォメーションなんだ!
というわけで、運よく中にも入れました。わーい♪
内部はロマネスク教会らしく、石造りがいかにも重々しく、オゴソカな雰囲気。古めかしくて、いい感じである。入口から差し込んでくる自然光だけが、教会内部を照らしている。入口の左手の方からは、隣に建っている鐘楼の中のぞくこともできた。
教会内にいたヘビさんの像。キリスト教ではヘビはイヴをそそのかした悪者なんだけど、このヘビさんは、あんまり悪者に見えないなあ。キリスト教以前のヨーロッパの土着信仰では、ヘビは多産豊穣の象徴だったらしいから、その名残りとしてここに飾られているのだろうか。この辺りは農業地帯なので、豊穣のシンボルが飾られている可能性はあるかもしれない。
こちらはおそらく洗礼盤。壁におそらくラテン文字が刻まれていたので、解読にチャレンジしてみると(※私はラテン語わかりません!つまり無謀なチャレンジ)、イタリア語の「洗礼」に近い単語と、「ピウス」という単語が見つかったので、ピウス2世が幼い頃洗礼を受けた場所と推察される。
さて、急に登場したピウス2世なる人物であるが、このピウス2世は、ピエンツァという町の歴史の中で、最重要人物である。というか、ピエンツァの創始者である。15世紀、教皇だったピウス2世は、自分の故郷・コルシニャーノの人々の貧しい生活に衝撃を受け、故郷にルネサンスの理想都市を作ろうとしたそうだ。町の名前もコルシニャーノから、ピウス2世にちなんでピエンツァと改名された。つまり、ピエンツァは計画都市で、現在中心部に残るドゥオーモや、ピッコロ―ミニ宮などはこの時に作られたものなのである。
こう聞くと、「それって、教皇の公私混同じゃね?」と思うわけだが、おかげで絵画的風景が広がるオルチャ渓谷の中に、美しい小さな町が出来上がったわけで、そこを訪ねる旅人にとっては、結果的にはピウス2世ありがとうっ!て感じなのである。
小さい頃に教皇が洗礼を受けたことからわかるように、このピエーヴェ教会は、計画都市ピエンツァが作られる前からあった教会である。だからこそ、町の人々は、ピエンツァの昔の名前をつけて「ピエーヴェ・ディ・コルシニャーノ教会」と呼ぶのかもしれないなあ。その辺のピエンツァの歴史を考えても、この教会は、ピエンツァに行くならぜひ訪問したい場所だ。
さて、心行くまで教会を堪能したので、次はオルチャ渓谷の方に降りようっ!
降りようと言ったって、しっかり舗装された道路があるわけではないので、若干やみくもに降りていくしかない。やみくもながらも、おぼろげに目的は定めようぜ、てなわけで、どの辺に降りるのを目標にするか、上からオルチャ渓谷の風景を吟味した。
そして全員一致。
「あの素敵なくねくね道の先のお家あたりまで行ってみよう!」
教会の前の、真っ直ぐ下に続いている道を降りたかったのだが、どうも「私道」と書かれた看板があるので、勝手に通っちゃいけないんじゃないかなあ。あとは右下の方へと続く道しかないので、そちらのぬかるんだ道を降りて行く我々。昨日に引き続き、靴泥だらけだね!しかし、人間には、靴を泥だらけにしてでも、前進せねばならない時があるのである。まさしく今がソレだ。
途中でオリーブ畑に迷い込んでしまったよ!まさか立ち入り禁止区域じゃあるまいね。近くに農作業をしていたおじいちゃんがいたので聞いてみた。「下に降りて行きたいんですけど、どうやって行けばいいのですか?」。おじいちゃんは、「適当にオリーブ畑を突っ切って下に行けばいいよ」と答えた。えっ?道…はないよね?適当に下へ下へ降りろってこと?
郷に入れば郷に従え、である。我々は水たまりをかろうじて避けながら、何とか下へ下へと降りた。こういう道とも言えない道を歩いていると、日常で歩いている舗装された道ってのが、意識したこともないけど人工的なもので、とてもありがたいものなのだってことを実感する。日本の道はおまけに犬のウンコも落ちてないからね。本当にありがたやだよ。
そして、ついに見えたー!おそらく、目的地に定めたお家に続いている道っ!道ともいえない道から、あの道と言えそうな道へと行くぞー!
オルチャ渓谷ってのは、遠くから見ると緑の絨毯のように見えて、ごろごろすると気持ちよさそうだなと思っていたのだが、近くまで行くと背の高い草がまばらに生えていて、なかなかごろごろはできそうにもなかった。遠目でどうしてあんなに絨毯のように見えるのか不思議である。
おっほっほっほっ!もう、あの目的の道がすぐ目の前に!見てくださいな、黄色い花まで咲いて!この最高の風景!もうね、「あははははははー、うふふふふふふー」とジブリ映画のヒロインみたいに走ってくるくる踊りたくなりますよ。はっきり言って、オルチャ渓谷は、写真より実物の方が、何倍もイイっ!
こちらはね、アングルを変えて、お花多めにして、お家とセットで撮影してみましたよ(姉が)。絵を描きたくなりますね、絵を!色鉛筆を持ってくるべきでしたね!でも荷物増えますよ、いいんですか?いいでしょう!!!(←もはや何を言っているのかコイツ)
がんばって目標の道に到達ー!前方にぽつぽつと道の脇にたたずむ糸杉が、間違いなくウェルカムと言ってますね、ウェルカムと!…しかし、道の方は、ウェルカムと言っていなかった。舗装していない道なので、長雨で泥道と化していて、しかも目の前には、水たまり!足の踏み場もない水たまり!さあどうする母娘!?母娘の前に水たまりが立ちふさがる…!
水たまりは、オルチャ渓谷の風景に浮かれる我々を、阻止することはできなかった。我々は、比較的浅い所を歩きながら、水たまりを突破ー!
後ろを振り返ると、ピエンツァの市街地があんな遠くに!しかし、オルチャ渓谷の上にぽつんと乗っかっているピエンツァの外観は本当に美しい。
また前方に向き直って歩き始めた我々。その時!視界を左から右へ、野ウサギが駆けて行った!ものすごいスピードだった。野生のウサギー!絵画のようなオルチャ渓谷を、野ウサギか駆けて行く、その光景を目にした時の感動と言ったら…!いやー、最高っ!オルチャ渓谷最高だよ!
1か月くらいこういう所でのんびりしたいよー!絵とか音楽とか作ったりしてね。でもその生活費を誰が出してくれるんだろうね。私もメディチ家みたいなパトロンが欲しいよ。でもパトロンがいたら、おっさんの肖像画とか描かされるんだよ。パトロンの話終わり。
オルチャ渓谷のシンボルとも言えるのが糸杉。こんなにほのぼのとした絵画的な風景を作っている糸杉だが、実は西洋絵画などに描かれる時は、死を象徴するのだそうだ。ギリシャ神話にまつわる悲劇や、キリストが架かった十字架は糸杉で作られたなどのエピソードがあるためらしい。
だが、オルチャ渓谷の糸杉は、何だかほがらかに道に立っているようで、暗いイメージはみじんも感じさせない。西洋絵画の図像イメージの暗さとのギャップに驚かされる。ちなみに、オルチャ渓谷の糸杉は、道沿いに植えられていて、明らかに人工的に植えたものなのだが、いったい誰が何の目的で植えたものなのかは、きちんとわかっていないそうだ。
さて、もっと先まで行きたかったのだが、ここらで雨がぽちぽち降ってきた。天気予報はずーっと悪いからなあ。むしろ今日はここまで晴れていたのがラッキーだったくらいだ。雨で泥道がさらに濡れると、もっと歩きにくくなるので、残念ながら、市街地の方まで、この道をずーっと上って行くことにした。
途中で、車が後ろから我々を追い越し、笑いかけてきた。この道の先には、あのかわいらしいお家しかない。あのお家の人達か、もしかしたら宿泊している人たちかもしれないな。
道が、だいぶ旧市街に近づいてきて、さっき訪問したピエーヴェ教会の前へ出た。…ってことは、もしかして、この道は、「私道だから通るのはやめよう」と言って、オルチャ渓谷に下るときに自重した道!わざわざ自重したのに、道ともいえない道を通って、結局この道に出てしまったわけだね!
というわけで、文字通り、元の場所に戻ってきた我々。オルチャ渓谷のあまりにスバラシイ景観に胸いっぱいではあったのだが、お腹はからっぽだったので、昼ご飯を食べるべく、宿泊しているアグリへと戻った。