3/16ボローニャ旅行記3 魅惑の泥ダンゴ
(前回のあらすじ:ボローニャの斜塔に上った後、カスティリオーネ通りの美味しいジェラート屋さん「La Sorbetteria Castiglione」で至福のジェラートを食べたよ)
我々が、カスティリオーネ通りまで、ただただジェラートを食べるためだけに来たと思ったら大間違いである。(まあ、そのためだけに来てもいいくらいのジェラートだったけど!)
カスティリオーネ通りは、ボローニャの中心から放射線状に延びている道の一つで、南南西の方角に向けて延びているが、その右側には、サント・ステーファノ通りが、平行するように延びている。そのサント・ステーファノ通りには、通りの名前にもなっている、サント・ステファーノの教会群というものがある。
教会群。なかなか聞きなれない言葉ではあるが、どういうものかと言うと、11~13世紀の間に建てられた、7つの教会が集まっていて、さらにその7つの教会はつながっているのだとか。…不勉強の私には、これがどういうことなのかワカラナイ。どうして、既に教会があるすぐ横に、新しい教会を建てて、さらにそれをくっつけてしまうのか。
意図や経緯はよくわからないが、星の数ほど教会があるイタリアでも、ちょっと異色な教会であることは間違いない。ガイド本で見て、なかなか面白そうで、ボローニャで一番楽しみにしていた教会がココなのである。
実はサント・ステーファノの教会群には、お買い物(修道院コスメ)のために、昨日の夕方も立ち寄った。その時は、完全にお買い物目当てだったため、全然教会を鑑賞していないので今日出直したのだ。ちなみに、前日の旅行記を読んだ方は既知だとは思うが、完全にお買い物目当てで行ったにもかかわらず、お店は閉まっていたのが昨日である。
今日は観光目的なので、さあ、行くぞーっ!
最初に入るのは、広場に面している教会である。こちらの教会の内部は、正面部分はかなり新しく見える。昨日も今日も、正面の地下の部分でミサをしていたので、写真は撮らなかった。
正面の地下の部分…この言い方は微妙な言い方だが、正面部分に、階段で上れる中二階のような祭壇の部屋があり、その下の部分が、普通は地下に造られる地下墓所(クリプタ)のような作りになっている。なかなか変わった作りだ。もしかしたら、古い教会にくっつけて、次々に教会を増設していったから、こんな変わった作りなのかなあ。このへんも不勉強ゆえワカラナイ。無知の知。
この最初の教会に入ると、抜け道がパッとは見つからないので、最初、「え?教会群なのに、コレで終わり…?」と途方に暮れてしまった。もちろんコレで終わりじゃないよ!前方左側に、小さな小さな木製のドアがあり、我々が来た時には、中途半端に閉まっていた。手書きのぺらんぺらんの紙が貼ってあって、イタリア語で「開けたら閉めること」と書いてある。…開けたら閉めろってことは…開けていいってことよね?恐る恐る開けてみると、その先が、教会群ワールドの始まりであった。
このドアの先にあったのは、まるい部屋の中央に祭壇がある、何とも珍しい教会!これは古いんじゃないかなー!重々しいレンガ作りの空間で、外からの光はほとんど入らず、何とも神秘的。教会と言うより、何か宗教的な儀式でも行われそうな雰囲気だ。
特に、真ん中に置かれた祭壇らしきものに彫られた、四福音者を象った、鷲、ライオン、牛、天使(有翼の人間)の彫刻がイイっ!精巧で素晴らしいというより、元気があると言うか、エネルギッシュだ。芸術がテクニック等で洗練される前の時代に作られたものは、稚拙ではあるけれども、その分、洗練された作品には醸し出せないエネルギーを感じることがある。何というか、いろんなことが未知である時代特有のエネルギーというか。月並みな言葉で言えば、古き良き時代というものだろう。
ここの空間は、サント・ステーファノ教会群の中で一番気に入ったのだが、写真撮影は禁止だったので、写真は無し。まっ、実際、見に行ってみてください!(何て役立たずな旅行記…)
この空間には、右側から光が差し込んでいる。つまり、右側は外である。
出てみると、このような素敵な中庭っ!暗い場所の後に、光あふれる場所に出る、このコントラストがよいっ!光と闇の競演である!それにしてもいい天気ですね。
で、我々が出てきたのは、上の写真の真ん中に映っている、まんまるい建物のドアからなのだけど、そのまんまるい建物の外壁が素敵すぎる!
…こっ、これはかわいらしいっ……!この、意味が無さそうでありそうな模様がめっちゃ気になる!いやー、このかわいらしい外壁の模様を、もっとボローニャの旅行ガイドブックはアピールするべきだよっ!「ボローニャの斜塔」みたいに、「ボローニャの模様」とか呼んで、もっとちやほやするべきたよっ!マジ可愛い。
中庭の、この模様がかわいらしい外壁の、ちょうど反対側にあたる、小さな礼拝堂も、すっごく古い感じであった。
少し暗くて見えづらいかもしれないが、柱の装飾には、もうすっかり私にはおなじみになった、おそらくロマネスク期のものだと思われる、大股開きの人魚さん。
こういう古ーいフレスコ画の断片も残っている。受胎告知の聖母マリアかな?
ちなみに、模様の外壁を背にして、左側にも小さな礼拝堂などがあり、中まで入ることのできる部屋もあった。その中の一つには、古い写真がびっしりと並べられていて、軍服を着ている写真が多かったので、おそらく、第二次世界大戦の犠牲者の写真なのではないかと思う。ボローニャの対ナチスのパルチザンの犠牲者だろうか。平和への祈りを込めて、そっと手を合わせてきた。
この中庭の右手の方には、さらに回廊が続いていて、この先が、売店になっている。手書きの紙で矢印が書いてあって、日本語でも「売店」と書いてあり、下の方には「石けん」と書いてある。ちょっと教会の雰囲気を壊してしまう張り紙なのだが、この張り紙がないと売店を見つけるのは困難だし、仕方ないといえば仕方ないかなあ。
この売店では、実はちょっと有名な修道院コスメを販売しているのだそうだ。ホラ、私も日本人女性の多分に漏れず、修道院コスメとか修道院ハーブとかにすっごく弱いわけですよ。自分でもびっくりするくらい弱い。イタリアの高級ブランドとかの誘惑には強いんだけどなあ(ソレ、単に貧乏だからじゃないんですか?)
母もおみやげとかをもう少し買いたいと言っていたので、この「売店」に行ってみたら、今日は開いていた(昨日は閉まってたのよ)。結構お客さんも入っていて、やっぱり知っている人は知っているんだろう。日本人にも有名なのか、「石けん」とか「香水」とか日本語表記もあった。だが、この日本語の字、言っちゃ何だか上手じゃない(私も人のことは言えないけど)。字の下手な日本人が書いたのか、イタリア人が四苦八苦して書いた字なのかわからなかった。
で、この売店は、神父さんルックのおじいちゃん神父さん(たまに私服の神父さんいるのよ)が一人で店番をしていたが、当然のことながら、この神父さんは、ハーブコスメのことは何にもわかっていなかった。
私が、「これは何の香りがしますか?」と聞いても、おじいちゃんは、ゆっくり単語を区切りながら、「これは、ハンド、クリーム、です」とのお答え。私のイタリア語がおかしいのかなあ。まあ、おじいちゃんの中でもおじいちゃんって感じの神父さんだったから、いっぱいいっぱいなのかもしれない。
まあ有名なお店だから大丈夫だろうと、ハンドクリームや香水を、おみやげや自分たち用に購入した。買う時、おじいちゃんは、「神のご加護がありますように」みたいな感じで十字を切っていた。かわいかった。
さてお買い物が終わったら、母と姉が、「さっきのまるい空間(かわいらしい模様の装飾がある建物内)のあっち側にも、何かありそうだったよ」と言うので、あの模様のある建物に戻ってみた。すると、たしかに先の方にも空間が続いていたので行ってみた。
こういう古いフレスコ画があったり
ステンドグラスがあったりして、観光客がほとんどいなくて静かな空間だった。それにしても、明らかに成立年代が違いそうな教会がくっついているため、部屋を出ると、全く違う部屋があるという感じで、何だかゲーム空間のような、ちょっとした非現実性を帯びていて、実におもしろい。
この教会は、教会正面の庭へと続いている。また、闇から光へのコントラスト。
庭へと続くこの門の装飾は、非常にかわいらしい。両端のなんちゃって柱(実は何にも支えてない柱)の上部の装飾は、ロマネスク期っぽい、くすっと笑えるものが多かった。
あー、ドラゴンに手を食べられちゃってるよ。ていうか、これ、意図的に手をドラゴンの口に突っ込んでるように見えるのだが。後ろからはねえ、他のドラゴンにかじられそうだしねえ。
左の部分、人の顔多すぎ。右の方の翼のある馬ペガサスはなかなかかっこいいんだけど、ペガサスのお尻に意味不明な人の顔が無造作に乗っかってるのは何故さ?
門の上の方にあるイエス・キリスト像もちまっとしていてカワイイ。右側は十字の杖を持ってるからおそらく洗礼者ヨハネさん、左側はツボみたいなものを持ってるから、もしかしたらマグダラのマリア?
このお庭には、大きな泥でできた球体が置いてあり、何だか熊野の丸石信仰を思わせる。神秘的な教会群の庭に置いてあるため、観光客も、何か神秘的なものなのであろうと熱心に見学したり写真を撮ったりしている。
むむむ…。何なのだ、この泥ダンゴ…。
よくよく見てみると、泥をまるめてあるだけでなく、雑草のようなものもたくさん入り混じっている。畑育ちの母は言った。「たぶんね、これは雑草を取ったものを、まるめただけのものじゃないかな。要するに、庭掃除した後よ」。ええーっ?何か意味があるものじゃないのー?だって、めっちゃ意味深に置かれてる感じがするじゃんよ?もしかしたら、龍安寺石庭みたいに、何かの地図を示しているのかもしれないぞ…!結局、泥ダンゴの謎はわからなかった。奥の深い泥ダンゴ。
自分のしっぽをかじっているおちゃめなドラゴン君。ドラゴン君「へっへー、泥ダンゴの謎は教えてやらないよー。へっへへー」
さて、非常におもしろかったサント・ステーファノの教会群を後にして、B&Bに戻ってお昼休憩を取ることにした。途中で、老舗の「atti」というパン屋さんでパンを購入した。B&Bまで帰る途中で、新聞を路上で売っている人を見かけた。井上ひさしさんのボローニャ紀行 (文春文庫)に出てくる、手作り新聞を販売している元ホームレスの人達かなと思い、一部買ってみたかったのだが、何となく買いそびれてしまった。ボローニャ記念に買っておけばよかったなあ。
本日の昼ごはん。ボローニャの老舗パン屋さん「atti」のパンと、老舗惣菜屋さん「タンブリーニ」のボローニャ名物モルタデッラ(ブロッコリーが添えてあるハム)という、何ともボローニャ冥利につきるお昼ご飯。
この日の夜は、この後、サッカー観戦を予定しているので、母はサッカー観戦に備えて、食後は休憩。姉と私は、サッカースタジアム行きのバス停などを確認するのも兼ねて、散歩に繰り出した。
マッジョーレ広場では、土曜日だからか、大道芸人のパフォーマンスで盛り上がっていた。
広場には、たくさんのボローニャ市民が集まっていて、パフォーマンスを楽しんでいた。お天気の良い土曜日。
イタリアには、都会の自由さと、田舎の親密さの両方をうまく併せ持っているように見える町がいくつかあるが、ボローニャもその一つだと思った。都会は自由だが孤独、田舎は親密だけど息苦しい…その両者のよい所だけ享受することを可能にするのは、もしかしたら広場の存在なのではないかと思ったりする。広場は開放感のある共同空間で、そこでどう過ごそうとも自由だ。だが、広場に出かけていくと、必ず会話を交わせる相手を見つけることができるのである。
まあ、旅人にはあくまで、外からしかその町のことは見えないから、憶測でしか物は言えないが、何となくイタリア人が楽しそうに生きている、その楽しさを支えるのに、広場も一役買っているのではないか。
何か、いい感じに紀行文っぽいことを言い出したところで、この記事は締めくくることにした。この後のサッカー観戦は次回☆