3/11コルトーナ旅行記1 中世の静かなる佇まい

さてっ!コルトーナ散策の初日である。

コルトーナは、地球の歩き方のトスカーナ編に掲載されているとはいえ、それほど有名な観光地ではない。ウルビーノほどではないが、交通が不便なのもネックである。

そんなコルトーナだが、姉と私は、結構前から行きたいと思っていた。フィレンツェ滞在中に日帰り旅行できないかと考えたこともあるし(結局、日帰りには時間がかかるため断念した。だが、普通にフィレンツェから日帰りで行く人はいる。我々がめんどくさがりなのである)、何とピエンツァ滞在中に、モンテプルチャーノ経由で行けないかと、ちらっと考えたことすらある。ピエンツァだって交通不便だから断念したけど!

何でそんなにコルトーナに執着しているかというと、「中世の家」を見てみたかったのと、フラ・アンジェリコの、フィレンツェのサン・マルコ修道院の作品と並ぶ傑作である「受胎告知」が、コルトーナにはあるのだ。

で、本日、長らく待ち望んだ、この2つに会いに行くよ!コルトーナ初日にして、早くもコルトーナ観光のハイライトなのである。
…と、勢いよく宿泊しているアパートメントを飛び出した我々。中世の家→教区博物館という順番で周ろうと、シニョレッリ広場まで行ってみると…

コルトーナ

コルトーナ

い、市が開かれているよ…。

いち。…イタリアの市場は、大きく分けると2種類ある。野菜や果物など、食料を扱う青果市と、衣料品や細々した日用品を扱う、…何と呼べばいいんだろ…ええと非食品市である。

ひとつめの青果市は、我々のような、自炊する旅行者は大好きである。何といっても食料品が安いし、しかも新鮮で美味しい。そのため、青果市を発見すると、「イチ↑」と、嬉しそうに語尾上がりに発音する。

それに対して、非食品市。ユニクロもビックリの値段で衣類が売られていて、基本的には住民たちが普段着を調達する市場なので、旅行者はあまり用はない。加えて、テントが張られるため、その後ろの町の風景が見えず、また、撤収後はゴミが散乱していて街並みの美しさを低下させるので、むしろ旅行者にとっては敵である。そのため、出くわすと、「イチ↓」と、語尾を下げて発音し、落胆する。

だが、イタリアの町のイイトコロは、それ自体古くて美しい町が多く、しかもその町が、現在でも普通に住民が生活しているという、「美しさ」と「生活感」がミックスしている所にある。どんなに美しい町でも、住民がほとんど住んでなくて、観光のために整備されているだけでは、テーマパークのように見えてしまうのである。その意味で、「イチ↑」も「イチ↓」も、イタリアの町の魅力であるのだ(と自分に言い聞かせる私)。

この「イチ↓」が開かれていたシニョレッリ広場から、ドゥオーモのある広場に続く道で、紋章のようなものをいくつか発見した。

コルトーナ

貝殻とか。

コルトーナ

一角獣とか。

コルトーナ

この人相の悪い魚は、カジキか?ヨーロッパ美術では、人相の悪いイルカもよく見るが、これはさすがにイルカではなかろう。ていうか、こんな山奥のコルトーナなのに、貝殻とかイルカとか、海のかほりのする紋章が多くて面白い。

ドゥオーモ広場まで出て、まだ教区博物館は開いていなかったので、まずは、中世の家を見に行くことにした。

中世の家を見るためには、 「教区博物館手前のジェズ通りを下って行く」と、地球の歩き方には書いてあったが、我々はこの中世の家にたどり着くのにちょっと苦労した。結局、「Via Zefferini」という通りを下り、右に曲がるとジェズ通りに出て、そのジェズ通りから突き当たった小道に、中世の家は静かに佇んでいた。

コルトーナ

こんにちは!中世の家っ!

コルトーナ

何が中世の家なのかと言うと、2階部分に注目である。2階部分が、こんなんで大丈夫か?と心配になるような、細い木で支えられて、前方にやや張り出しているのが特徴なのだそうだ。

ヨーロッパの中世というと、ルネサンスが花開く、だいたい15世紀よりも前の時代を指す(んだよね?自信ナシっ!)。つまり、少なくとも500年以上も前の家、ということである。ほえー。何で2階がせり出しているかというと、人口が増えた分、家を増築したとか、税金は床面積で計算されるので節税のためとか、いろいろ理由があるようだ。

でも、2階部分のせり出しが一番役に立つのは、明らかに雨宿りの時だと思う。中世、ここで中世の人も雨宿りしたんだろうねえ。何だかいいねえ。ロマンスが始まりそうだねえ(黙れ)。

コルトーナ

それにしても、こうやってレースのカーテンがかけられて、今でも人が住んでいるんだねえ。ヨーロッパの中世など、どう考えても、私のDNAに組み込まれていないと思うのだが、何だか懐かしいような気分になるのは何故だろうか。気のせいだよ、とか冷たい答えを返しちゃいけないよ!

いくつかの家は、夏のバカンスの間、長期貸し出ししますみたいな張り紙もあった。電話したら、中を見せてあげるよと書いてあったので、もしかしたら、持ち主に電話すれば、中世の家は中が見学できるのかもしれない。

しかし、中世の家、表面の赤いレンガが、どうも何かに似てるなあ…と思ったら、赤い鯛のウロコに似ているのである。そのせいで、鯛めしが食べたくなった。中世の家と鯛めしは何の関係もないので、鯛めしの話終わり。

コルトーナ

それにしても、この中世の家があるのが、坂道ということもあって、本当に雰囲気の良い景色だ。ひっそりとした路地裏って感じの通りなので、ほとんど人も通らない。「静寂の町」という異名を持つコルトーナ(誰がそう呼んでいるのかは知らないが)のイメージが一番強いのは、この通りかもしれない。

中世の家を見て、何だか清純な気持ちになったところで(気持ちだけ)、坂を上って、ドゥオーモ広場へと戻った。

教区博物館の開館時間10時までに、まだ少し時間があったので、ちょっとだけドゥオーモに入ることにした。コルトーナのドゥオーモは、あんまり存在感のないドゥオーモである。

コルトーナ

こちらがひっそりと建っているドゥオーモ。

コルトーナ

内部はこんな雰囲気。

観光客には、あまり見向かれていないドゥオーモだが、地元の人たちにとっては、やはり町一番の大聖堂、ということで、結構町の人達が出入りしている。

でも、観光客にとっては、コルトーナの観光目玉といえば、このドゥオーモのお向かいにある教区博物館である。ドゥオーモを出た頃に、ようやく開館の10時を過ぎていたので、入ることにした。

コルトーナ

外観はこんな感じ。外観からもわかるように、こじんまりとしたミュージアムなので、見学にそれほど時間はかからない。

エトルリア・アカデミー博物館にも入館する予定なので、エトルリア・アカデミー博物館と、教区博物館の共通券を購入した。ちなみに、エトルリア・アカデミー博物館は、地元では「MAEC」と呼ばれていて、最初は何のこっちゃわからなかった。

中に入ると、すぐに日本人とおぼしき夫婦とすれ違い、お互いに何となく会釈した。我々は開館してすぐに入ったのに、もう出てくるなんて、おそらく、ちゃっとフラ・アンジェリコの受胎告知だけでも見るために入ったのだろう。フラ・アンジェリコは、ルネサンス期の画家さんの中でも個性的な絵を描く。何だか色鉛筆で描いたようなやさしい線と淡い色使いが特徴で、日本にも熱いファンが多い。

入ってすぐの部屋は、ルカ・シニョレッリ作品が多く展示されていた。ルカ・シニョレッリはコルトーナ出身なのだそうだ。今まで見たシニョレッリの作品で、一番好きなのは、オルヴィエートのサン・ブリツィオ礼拝堂で見た、ミケランジェロの「最後の審判」に影響を与えたと言う、「善人と悪人の識別」という絵である。

ルネサンス期の画家さんにはよくあることなのだが、同じ人が描いていても、絵の出来栄えに、かなりの差があることがある。人間なので、出来不出来はあるとは思うが、それ以外に、この時代は、その画家さんの工房全体で作品を仕上げていたらしいので、ほとんどお弟子さんが仕上げた絵があったりするのも、その原因のようだ。

ここ教区博物館にあるシニョレッリ作品も、結構、出来栄えに差があるように思った。その中で、一番存在感があったのは、この絵。

コルトーナ

館内は撮影禁止なので、購入したポストカードを撮影したもの。お題は「十字架降下」。有名作品なので、画像などでみたことがある人も多いのではないか。

シニョレッリの絵は、構図がイキイキしているのと、やはり筋肉大好きルネサンスで、人体がムチムチしていて、勢いがある。反面、女性のたおやかさや、繊細な表現が足りない気がする。ルネサンス期の芸術家を、大きく「剛」と「柔」に分けると、明らかに「剛」の画家さんである。

私は、基本的にはリッピやボッティチェリみたいな「柔」…言ってしまえばなよっちい絵の方が好みなのだが、シニョレッリの絵は、何となく好きなのだ。バランスの良い構図が好きなのかなあ。この絵は、中央で両手を組み合わせて悲しんでいる使徒ヨハネが、イケメンで特によろしい(ミーハーな鑑賞者)。

他には、イエスが、「これは私の肉だ」とか言って、12弟子にパンを、あーんして食べさせている(文章で説明すると、かなり微妙なシーンだな…)「使徒たちの聖体拝領」という絵もなかなかよかった。裏切りの駄賃が入った袋を握りしめ、一人だけイエスから視線を背けている、ユダの表情が絶妙でよい。シニョレッリの作品は、画面にたくさん人がいても、あまりうるさく感じない。やっぱり構図が上手いんだろう。

それ以外の絵は、結構お弟子さんの手が入ってるのかなーという感じだった。それにしてもシニョレッリの描く聖人たちは、筋肉モリモリな上に、きらびやかな豪華な服を着ていて、聖人たちと言うよりは、セレブご一行様って感じだな…。

その先の部屋に、フラ・アンジェリコの受胎告知が展示してあった。

コルトーナ

こちら(これもポストカード撮影)。

なぜかやや高い目線の場所に展示されていて、これは完全に推測だが、もともとこの作品が飾られていた礼拝堂みたいなものを、ちょっと再現して飾っているのではないか、と思った。

フィレンツェのサン・マルコ修道院にある、まるで色鉛筆で描いた絵って感じの、清楚な「受胎告知」に比べ、キンキラキンである。また、マリアのピンク色の頬が目立ち、フィレンツェのマリアより、幼く見えるマリアである。フィレンツェの「受胎告知」が「美しい」だとすると、こちらコルトーナの「受胎告知」は「かわいい」。

フィレンツェの「受胎告知」の大ファンである母は、「ちょっとキラキラしすぎていて、フィレンツェの方が好きだなあ」と言っていたが、私はこのかわいい「受胎告知」も好きであった。フィレンツェ作品の方が、おそらく後から描かれたものなので、完成度は高いように思うが、ここコルトーナの「受胎告知」は、マリアや大天使ガブリエレの幼い雰囲気に、まだ円熟しきっていない画家アンジェリコの初々しさが表れているようで、実にかわいらしい。

また、この絵がチャーミングなのは、何と、コレ、セリフ入りの絵なのである。まるで漫画の一コマ。ちょっと画像ではわかりにくいと思うが、大天使ガブリエレと、聖母マリアの口元から、金色のセリフが刻まれている。

大天使「受胎したよ」マリア「オッケー」みたいな会話だと思うが(超テキトウ…)、マリアのセリフは、ラテン語のアルファベットが、上下さかさまに描かれている。これは、天の神に向けたセリフだから、神が上から読みやすいように、さかさまになっているそうな。芸が細かいっ!(ちなみに、この話はレオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知 (平凡社ライブラリー)の中で出てきた。この本おもしろいからおすすめ!)

しかし、かわいらしい絵だなあ…。この絵だけで、30分は楽しめちゃうね!しかもほぼ貸し切り状態。フィレンツェの「受胎告知」を、貸し切り状態で長く眺めることはなかなかできないだろうから(観光客多いもんね)、「ワタシだけのアンジェリコ!」に浸りたい人は、コルトーナの「受胎告知」を見に行くべし!

フラ・アンジェリコの絵は、他に、「聖母子と4聖人達」という絵も展示してあった。こちらの聖母マリアも、なかなか風情があってかわいらしかった。また、ツボを持って佇んでいる、マグダラのマリア(だと思う)も、キツイ感じの美人で、なかなか良かった。

あとは、ヴァザーリ工房のフレスコ画があって、システィナ礼拝堂のパクリみたいな絵であった。ミケランジェロはシニョレッリから影響を受け、ヴァザーリはミケランジェロから影響を受けるのである。歴史だねえ(言ってみたかっただけ)。

というわけで、かわいらしいコルトーナにふさわしい、かわいらしい「受胎告知」を見て、すっかりコルトーナ気分となった。中世の家、ルカ・シニョレッリ、フラ・アンジェリコと、既にコルトーナ観光のハイライトを済ませてしまった我々であったが、もっともっと町歩きもするよーっ!