アテネ10 幾千年後も探し続ける

たっぷりと時間をとって鑑賞した、アテネの国立考古学博物館。

残るは、先史時代の展示物である。いわゆる、古代ギリシャのポリス時代よりも前に、エーゲ海の島々や、ミケーネなどで花開いた、先史…文献による記録が残っていない時代の、ヨーロッパ最古と言われる古代文明である。

アテネ 国立考古学博物館

「てへっ。ようこそ」という風に迎えてくれた、人物像。古代の作品って、素朴でのびのびしていて、ヘタカワイイ。

アテネ 国立考古学博物館
こちらは、非常に有名な、ミケーネ遺跡で発見されたという「黄金のマスク」。お墓で発見され、死んだ人の顔に被せてあった仮面だそうなので、かわいい心の持ち主の私は、ちょっと怖かったりする。

何でも、このマスクを発見したのは、あのシュリーマンだそうだ。豪華にも、金でできたマスクを葬送儀礼に使っているということから、ミケーネ文明の豊かさを物語るもの、と言われている。

アテネ 国立考古学博物館

これは…狩猟の様子、かな?こんな時代にも、犬が首輪をしていたことが伺える。ペットの首輪の歴史は古いのだなあ。犬が追っかけているのは、一見トウモロコシに見えるのだけれど、イノシシかな?

アテネ 国立考古学博物館

こりゃ、すげえっ!ヤギか何かの動物が、並んで直立二足歩行している(ように見える)よっ!古代の神秘!「あー、仕事だりぃよなあ」「そろそろ昼飯にしたいべな~」みたいな、実に庶民的な会話が聞こえてきそう。

アテネ 国立考古学博物館

…ええと、これは、人間が馬を引いている絵の断片だと思うのだが、人間の顔の表現があまりにも斬新だったため、つい撮影してしまったもの。目の中に、なぜにバッテンがあるのか。それにしても、古代文明の作品って、ちょっと現代アートにも似ている気がする。芸術は巡り巡って、古代のステージに舞い戻ってきているのだろうか。

アテネ 国立考古学博物館

これはまた、ユカイな馬さんである。ちょっとわかりづらいかもしれないが、この馬さんが引いている馬車に乗っている人物も、かなりユカイである。エーゲ文明って、明るくてユカイで良いね!

アテネ 国立考古学博物館

こちらは、有名な、ミケーネ文明のツボ。フル装備の戦士たちから、この時代の戦闘服が予想できるそうだ。…そう考えると、私たちの時代が、数千年後に研究されたときに、SFチックな漫画の内容から、「この時代は、『どこでもドア』のような、実に便利な道具がある、高度な文明があったことが予想される」とか、思われてしまうのだろうか。

この戦士たちは、なかなか親しみやすい顔をしていらっしゃるが、現代のギリシャ人男性にも、こういう顔立ちの人ってよく見る気がする。この絵を描いた人は、結構上手な絵描きさんなんじゃないかなあ。

ちなみに、男戦士たちの後ろには、長いワンピースを着た女性たちの列が続いてる。説明書きを読んでみると、どうやら、女性たちは、葬送の時のポーズをとっているらしい。

…戦士として送り出される男たちと、葬列を組んでいる女性たち。人類の歴史は、戦争の歴史だなんて言われるけれども、この絵が描かれてから数千年経っても、人類はまだ、戦争を避けるための知恵に辿り着いていないのだなあ…。物理的な進歩に比べ、人類の精神の進歩の速度はとても遅い。そもそも進歩できるものなのだろうか、なんて考えてしまう。

アテネ 国立考古学博物館

こちらは、お馬さんの列なのだと思うが、最後尾の馬さんの背に乗っている(?)変ないきものが気になるよ!…これ、アルマジロ?アルマジロってエーゲ海にいるの!?それも気になるけど、何で馬さんの背中に乗ってるの???

さて、この国立考古学博物館の、先史時代文化部門において、一番楽しみにしていたのは、サントリーニ島から出土した「ボクシングをする子供たち」の壁画である。博物館の2階部分に展示されているとのことなので、2階に上がろうと思ったのだが、どこから上ればいいのかな?

係員の女性に聞いてみると、「ごめんなさい、今日は2階はクローズなんです」と言われた。あいやーと思ったが、しばらくしてから、あれっ?と思った。この国立考古学博物館内で、サントリーニ島で、隣りの部屋に宿泊していた日本人姉妹さんにバッタリ出会い、「サントリーニ島の絵、良かったですよ~」と教えてもらっていたのだ。

記憶をたどってみると、「馬に乗る少年」が展示してあった、赤い壁の部屋の先に、階段があった。そこで、赤い壁の部屋まで戻り、階段を上ってみた。

すると、あったよ!ボクシングの絵!2階部分は、ほとんどが閉まっているが、このサントリーニ島の遺跡の部屋だけが、今日は開いていたらしい。あの姉妹さんたちに教えてもらっててヨカッター(ありがとうございました)!見ないで帰る所だったよ!

アテネ 国立考古学博物館

こちらが、「ボクシングをする子どもたち」。サントリーニ島の、アクロティリ遺跡から出土したものである。紀元前16世紀(!)頃のものと推定されている。

思っていたより鮮やかで、保存状態が良いことに驚いたが、よくよく近づいて見ると、結構、修復されたものであることがわかる。おそらくだが、濡れた紙みたいに張り付いている部分が、実際に残っている部分で、表面がなめらかな部分は、薄くなっている部分を描いたり塗ったりして、復元している部分だと思われる。

アテネ 国立考古学博物館

おそらく、左の子どもの方が、右の子どもより、実際に残っている部分が多い、と言えば、何となくおわかりになるだろうか。

復元されていることを差し引いても、動きがいきいきしていて、なかなか味わい深い絵である。

私は最初、女の子同士が、イサマシク殴りあっているのかと思っていたが、姉に「よく見てごらんよ…。女の子じゃなくて男の子同士だよ」と断言された。えー、結構かわいいのに、男の子同士なんだ~。現代のアニメでは大人気の、戦う美少女のモチーフは、まだモードじゃないのね。

アテネ 国立考古学博物館

ボクシングの絵の横には、動物さんの絵。

アテネ 国立考古学博物館

これは…ヤギ?それとも架空の動物?…説明書きを読むと、「レイヨウ」という動物らしい。レイヨウって何っ!?一般常識?知らない私が無知なのっ?…ともあれ、このレイヨウとやらの絵も、なかなかのびやかな線で、明るい雰囲気の絵だ。高校の世界史で、エーゲ海の先史文明は、はなやかで明るい海洋文化、と習ったのを思い出し、なるほどなーと思った。

アテネ 国立考古学博物館

こちらも、同じ、サントリーニ島の、アクロティリ遺跡から見つかった壁画である。ボクシングやレイヨウの絵に比べると、保存状態が良い。

アテネ 国立考古学博物館

赤い岩肌は、サントリーニ島のカルデラを表しているのだろうか。仲睦まじそうなツバメのカップルが、かわいらしい。ツバメは、ギリシャでは結構人気のある鳥らしく、いろんなところで、モチーフとして使われているのを目にした。それにしても、この絵は、何となく、西洋画より、東洋画の方に近い感じがするなあ。

アテネ 国立考古学博物館

はなやかな海洋文化って感じのイルカ君たち。

エーゲ文明と言えば、発見者のシュリーマンである。幼い頃、「ホメロス」を読んで、当時、ただの神話で作り話だと思われていたトロイ戦争が、実話ではないか、と直感し、発掘によって、トロイが実在する国であったことを証明した、と一般的に知られている(異説もあるらしい)。

このシュリーマンによって、他のエーゲ海の先史文明の存在も明らかにされていった。

時々、現代に生まれた私たちが、手にすることができるのは、もはや「完成された地図」であって、世界に関する、何か新しくて、あっと驚くようなものが発見されることは、もう無いのではないか、と思ってしまうことがある。

スウィフトが書いた「ガリバー旅行記」に出てくる、巨人の国も、小人の国も、天空を飛ぶ国も、100%とは言い切れなくても、存在しないことを現代人は知っている。

だけど、エーゲ文明の時代から、幾千年かけても、我々人間は、先ほど書いたように、世界平和のための知恵も持たず、自分がこの世界に存在する理由も知らず、それどころかこの世界そのものが存在する理由さえ知らない(宗教的に何かの説を信じている人はいるとしても)。いわゆる「哲学的な問い」というものには、ほとんど答えを出せていない。

その意味では、私たちは、まだまだ空白の多い地図で、旅に出ることは可能なのだ。未完成の地図を手にできる幸せ。幾千年も前の古代文明を、ほとんど意味も分からずに眺めながら、ちょっとそんな気分に浸ってみたのであった。