サントリーニ島旅行記8 素顔のイアを歩く
(前回のあらすじ:フィラの港まで降りて、ケーブルカーでフィラの町中まで帰って来たよ)
さて。ケーブルカーでフィラの市街地まで帰ってきた。やることはただ一つ。イアに帰るだけである。
だが、フィラからイアへのバス便が、そんなにたくさんあると期待してはならない。次のバスは16時半。夕陽で有名なイアの町、日没時間がこの季節は18時くらいなので、イアの夕陽目当ての観光客のたいていが利用する時刻のバスである。
しかし、この日は、空は見事に曇っている。サントリーニ島の滞在が今日だけの観光客はアンラッキーである。我々は、昨日、よいコンディションでの夕陽を見たので、夕陽に悔いなし。
バスの時間まで、どこかのカフェに座って休憩することにした。何と言っても、港までの階段は下るだけでも結構大変だったし、思いのほかに足は疲れているはずだ。
しかし、どこかのカフェと言ってもなあ…。観光オフシーズンのサントリーニ島、お店のほとんどはクローズしている。バス停の近くにネットカフェみたいなカフェはあったけど、どうせならもう少しカフェっぽい所をと探して、フィラのメインストリートのような通りであるディシガラ通りを、少しイア側の方へと歩いたところに開いているカフェを探したので入った。
ここで、ついに姉と私がオーダーしてみたのが、グリークコーヒーっ!オーダーした時に、店のスタッフさんに「グリークコーヒーは、ほんのちょっとしか量がないけど大丈夫ですか?」と聞かれた。大丈夫デス、ギリシャに来たからには、とりあえず一度は飲んでみたいのだ!
運ばれてきたのがこちら。カップ自体は、普通のコーヒーカップよりはやや小さいが、イタリアで飲むエスプレッソに比べると大きかった。「地球の歩き方」によると、コーヒーの粉が下に沈むのを待ってから、上澄みを飲むものらしい。
というわけで、やや時間を置いたが、粉が沈んでいるかどうかなんて、上からわかりゃしない。それで、しばらく待ったので、姉がまず飲んでみた。姉「……まずっ!」。
えー。続けて私も飲んでみた。「…おい…しくはないけど、そこまで不味いってほどでもないけど…」。イメージとしては、薄めのインスタントコーヒーといったところか…。
姉があんまり不味いと言うので、姉のものを飲ませてもらうと、姉のはナゼだか、タダのコーヒー色をしたお湯であった。同じグリークコーヒーをオーダーしたのに何故だろうか。飲み方が間違っていたのだろうか。よくわからなかった挙句に、わかろうとする情熱もなかった。ギリシャは、料理は美味しいのだが、イマイチお菓子とかカフェ類は口に合わないなあ。
ちなみにこのお店の名誉のために言っておくと、母がオーダーしたフレッシュジュースは美味しかった。おそらく英語でフレッシュジュースと書いてあるジュースは、イタリアのスプレムータと同じように、果物を直接搾ったジュースだと思われる。
このカフェでぼんやり外を見ていると、もうすっかりおなじみになったシンガポール人グループ、フランス人家族、アクロティリ遺跡で一緒だった女の子二人組などが、次々に窓の外を通って行く。本当にねえ。サントリーニ島は狭い。オフシーズンに旅行すると、同じ観光客に何度も会って、顔なじみになってしまう。
さて、パスの時刻が近づいたので、バスターミナルに行くと、シンガポール人グループやフランス人家族など、もういわゆる「いつものメンバー」が、集合していた。
このバスターミナルには、いつも、ちょっと浮浪者っぽい感じのおじさんがいて、観光客一人一人に近寄って行って、サントリーニ島の写真のようなものを購入するようにと話しかけてくる。明らかに、あまり良い雰囲気ではないので、観光客は、皆、冷たく断っていた。
顔なじみのシンガポール人グループは、男性1人に女性4、5人というグループ構成で、皆、昨日まではいつもこのおじさんを断っていたのだが、今日は、このグループの白一点の男性が、何とこのおじさんから写真を購入していた。おそらく、それが欲しかったとか、無知な観光客だからひっかかったとかではなくて、いろいろとわかっている上で、おじさんがかわいそうだから、少し助けてあげた、という感じであった。
おお…何てやさしいんだ…。まるで菩薩のようだった。母は「こんなにやさしい男性だから、あんな多くの女性に囲まれてるんだよ」と言ったが、彼らの人間関係については(なぜ男性が一人なのかとか、友人なのか家族なのかとか)、我々全く知らないから!
しばらくすると、バスの切符売り係がやってきた…が、いつものおじいさんじゃナイ!ちょっと貫禄のある体系の、小学高学年くらいの、まだ声変わりしていない男の子である!
えー!?本物の切符売り係なのだろうか!?やや不安になったが、地元の人達も普通に彼から切符を買っていたし、何より、お金の数え方や、堂々とした貫禄タップリの歩き方が、昨日まで切符を売っていたおじいさんにあまりにソックリだったので、この男の子はあのおじいさんのマゴと推論される。
この男の子は、さっきの写真を売っていたおじさんを厳しい口ぶりで叱咤し、おじさんはショボーンとバスターミナルの端っこに、隠れるように去って行った。ギリシャ語がわからないのでこれも推論なのだが、おそらく「ここで観光客に物を売りつけるなといつも言ってるだろう!」みたいなことを叱ったのではないかと思われる。…お、男の子カッコよすぎる…。
イア行きのバスが来ると、彼は大きな声で、観光客たちに向けて、「イア!イア!(あれがイア行きのバスだ!)」と叫んだ。立派。立派な切符売りである。世襲なのであろうか。それにしても、こんな声変わりもしていない男の子が切符をかくも立派に売っているなんて、なかなか思い出に残る体験であった。
イアに到着すると、今日は天気も天気なので、夕陽見学には行かないことにした。母を休ませて、姉と私は、今日のディナーを食べるお店探しと、最後のイアの町歩きを兼ねて、散歩に繰り出した。
サントリーニ島初日に、昼、夜と食べに行った「LOTZA」というレストランは美味しかったので、今日も「LOTZA」でもよかったのだけど、もう2度も食べに行ったし、もう一つ、ホテルのオーナーが紹介してくれたレストランがあったので、そこの場所を確認してみることにした。
イアの町は、崖が海に面している南側が、白い洞窟住居が重なり合っていて、観光用のホテルやレストランは車の入れないこの崖側に集中している。おそらく観光エリアであるこの崖部分の建物は、ほとんどが観光用施設で、地元の人々はあまり住んでいないのではないかという感じでであった。
この崖の部分以外、イアの北部は普通に車が通り、観光地ではなく、地元の人達が普通に住んでいる生活エリアという感じである。オーナーが紹介してくれたレストラン「クリナキ(krinaki)は、この生活エリアの方にある。
私は実は旅行中に、何でもないような生活エリアを歩くのも、なかなか好きなのである。何の変哲もない、特に旅で行く必要のなさそうな道であっても、人生でもう一度ここを通る可能性はかなり低いだろうなあと思うと、不思議で妙にワクワクした気分になれるのである。
そんな観光ルートから外れた道を行く姉と私を不思議そうに見ている猫ちゃん。「どこに行くのニャー」
「あくびが出るニャー。ヒマだニャー」。
こちらがイアの北側の生活エリア。向こう側に海が見えているが、こちら側の海は、崖に面していないので、あまり観光客に眺められることもない。ごくフツーののんびりとした田舎町である。
ゴミ箱からバンッと音がしたので、見てみると、ゴミ箱に捨てられた生肉を、猫が加えて勇ましく飛び出していくところだった。まさしくお魚くわえたドラ猫の世界だった。
こちらはそのドラ猫くんではないが、かわいらしくたたずんでいた猫ちゃん。このイアの生活エリアはかなり猫が多かった。猫ちゃんたちが集まっていた駐車場もあったので、地元の人々にそこでごはんをもらっているのではないかという感じだった。
レストラン「クリナキ」は、途中途中に看板もあったため、看板を見ながら歩くと、たどり着くことができた。本当に、民家の真ん中にある。オーナーに紹介されなければ、自分たちでふらりと行けるような場所ではない。文章で場所を説明するのはやや困難なので、興味のある方はレストランの公式HPがあるので、そちらの方で正確な場所を確認して下さいませ。
レストランをのぞいてみると、女性がお掃除をしていて、今日の夜はちゃんとオープンしているとのこと。観光シーズンでもないので、イアのほとんどのレストランが閉まっているのに、ここは開いているということは、それほど観光客に向けたお店ではない、ということだろうか。まあ、立地的にはそういうことなのだろうなあ。
レストランの場所が確認できたので、姉と、イアの崖の方に戻り、少し、下の方まで降りてみた。
どんどん日が陰ってきて、暗くなりつつある白い町。
メレンゲみたいな外壁。
下の方まで降りてみたけど、人の気配ナシ。やっぱり、この海に面した崖のエリアのほとんどはホテルがレストランでオフシーズンは閉まっていて、地元の人達は住んでいないのだ。
営業していない時は、人がいない…つまり、このサントリーニ島は、島全体が大きなテーマパークだという雰囲気なのだろう。その意味でオフシーズンに来るにはやや淋しい島だとは言えるが、旅行シーズンに来たら島の大きさに対して人多すぎだろうし…ディレンマなのである。
さて、ホテルに戻って、母を拾い、先ほど場所を確認した、レストラン「クリナキ」に向かうことにした。
イアの観光エリアである、海に面した崖に張り付いた白い洞窟住居の街並みを出て、車道を崖とは反対側へと曲がる。一歩観光エリアを出ると、不思議なくらいに、何てことない普通の田舎道である。あまりに人がいないと、帰りの夜道が不安かなあと思ったが、逆にこの辺りは、島民の生活エリアなので、家々に灯りが点いていて、人の話し声も家の中から聞こえるし、安全そうであった。
こちらが、この日入ったレストラン「クリナキ」の外観。
お店に入ると、なかなか雰囲気の良いインテリア。地元の人が食堂のように使うというよりは、特別な日に入るお店なのかなという感じだ。奥から店主っぽい大柄なおじさんが、困ったように我々を招き入れた。…どうやら、英語が話せないらしい。
しょうがない、日本でかじってきた、私の泣けなしのギリシャ語の出番かなと思ったのだが、よく考えると、私はギリシャ語のアルファベットの読み方と、「こんにちは」「ありがとう」「これは何ですか」程度の決まり文句しか覚えてきていないので、全然出番じゃなかった。あーれー。
移民っぽいウェイターの若者がいて、このウェイターさんがカタコトではあったが英語が話せたので(珍しく、私の英語のレヴェルの方が上だった。私の英語レヴェルって、決して人に威張れるレヴェルではないですよ)、このウェイターさんを通じてコミュニケーションすることとなった。
店主さんがギリシャ語しか話さない感じだったので、メニューがギリシャ語しかないのでは?と心配になったが(ホラ、私「読み方」はわかるけど、それ、この場ではなんの意味もなさないから!)、英語、ドイツ語、フランス語…と豊富な言語のメニューが用意されていた。夏場はそれなりに観光客も来るのかもしれない。
それでも、こちらのお店の料理は、おそらく外国旅行者向けに味付けされていない、本当に郷土料理の味なのだと思った。ギリシャで食べたお店の中で、一番、独特でクセのある味付けだった。
非常に美味しかった生サラダ。レモンがよくついてくるのがギリシャ料理の特徴である。
こちらが、サントリーニ特有の料理?だとか何とか言われた料理なのだが、これは実に独特の味だった。硬い雑穀入りのパンを、何かに浸したみたいな料理。
これは「サガナキ」。チーズを焼いたギリシャ料理で、おつまみみたいなものなので、やや濃い目の味付けではあるが、美味しかった。こちらにもレモンが添えられていて、めいっぱいかけて食べた。
ロールキャベツみたいなお皿。これはまろやかで美味しかったなあ。お皿の中にナゾの空間があるのは、写真を撮る前に間違えてひとつ食べてしまったからだよ。
肉のハーブ焼きとフライドポテト。それだけのことなのだが、非常にこれも美味しかった。特にフライドポテトが美味しかった。またまたレモンが添えられている。
ほとんどお客さんはいなくて、我々は奥のテーブルで食べていたのだが、手前のエリアには、地元の人っぽい人達…というかオヤジ達が集まってきて、何か料理をオーダーするでもなく、オーナーとわいわいしゃべっていた。夏場はわからないが、オフシーズンは地元の人達のたまり場のようなお店なのだな。
イアやフィラの中心部にある、観光客慣れしたレストランとはちょっと違う、本当に郷土料理って感じのお店の味を味わうことができた。
帰りは、ホテルに向けて、イアの生活エリアの民家の道を歩いた。街灯は少なく、非常に暗い足元だったが、ぽつぽつとついている民家の灯りが、ほのかに足元を照らしている。歩け、旅人!明日に向かって!…そう、明日からはアテネである。ギリシャ神話大好きな私にとって、幼い頃から憧れであったアテネっ!
サントリーニ島の夕陽も綺麗だったけど、「文明のかほりっ子」である(何ソレ)私は、そろそろ、何か圧倒的に人工的な美に触れたくなってきている。明日、エーゲ海を越えて、アテネに入るのが、既に待ち遠しかった。