メテオラ旅行記10 旅人心の未練、奇岩が恋し
メテオラの6つの修道院の訪問は、無事に終了した。
最後のルサヌ修道院を回った後、そのままチャーターした運転手さんに、カランバカまで送ってもらう。本日は、カランバカからイグメニッツァへ移動し、イタリアへ向かう夜行フェリーに乗る。
私の風邪は、昨日と比べると少しよくなった。やはり本日はタクシー移動したのが正解だった。本当はもっと歩きたかったなあ、と、遠ざかるメテオラの奇岩を振り返る私。
風邪で声が出ない私に変わって、姉が運転手さんと交渉している。「私たちは15時30分のイオアニナ(イグメニッツァへ行くための乗り換え地点)行きのバスに乗りたいのだけど、その前にランチを取りたいんです。バスターミナル近くにおすすめのレストランがあれば、そこで降ろしてもらえませんか?」。
運転手さんのお答えは、「それなら、まずはバスターミナルへ行きませんか?僕がバスターミナルのスタッフと話して、スーツケースを預かってもらいます。レストランからはまたバスターミナルに戻らなければならないので、スーツケースがない方が楽ですよ」。おお!何と親切なのだ!
そんなわけで、先にバスターミナルへ行き、運転手さんが事情を説明して、我々のスーツケースをバスターミナルのスタッフさんに預けてくれた。バスターミナルにはコインロッカーも荷物預かり所もないし、自分たちでは思いつかないことだったよ!
しかも運転手さんが、イオアニナ行きのバス切符の購入も手続きしてくれた!イグニメッツァまでの切符はここで買えないので、まずはイオアニナまで行き、イオアニナでイグニメッツァ行きの切符を購入する必要があるとのことだった。
切符を購入した後に、運転手さんが案内してくれたのは、バスターミナルから5分も歩かないギリシャ料理レストランの「Panellēnion」。
レストラン前で私たちを降ろし、バスターミナルへはこの道を真っ直ぐ行って、すぐ左だよと、教わらなくても簡単そうな道を、わざわざ親切に教えてくれた。本当に至れり尽くせりの運転手さんだった。
カランバカのタクシーサービスは、観光客に本当によい意味で慣れていて、丁寧で親切でぼったくりもない。体調を崩したせいでタクシーには予定よりもお世話になってしまったが、奇岩がのんびりとそびえ立つカランバカやカストラキ、メテオラの雰囲気によく似合う、穏やかなタクシーサービスであった。
さて、入店した「Panellēnion」はこういう雰囲気のお店。ギリシャやイタリアの庶民的レストランの、こういう無造作なインテリアの雰囲気が私は好きだ。おそらくインテリアのプロにお願いしているのではなく、店主やその家族のセンスなのだろうけど、ごちゃごちゃしているようで、どこかまとまりを感じるのも面白い。
まずは、サラダをオーダー。ここのところ外食が続いているためか、それとも単純に私の体調が悪いのが原因なのか、イマイチ胃袋にも元気がない。いつも食べるグリーク・サラダは、濃いめの味つけのチーズがちょっと重いなあと感じたので、普通のトマトサラダをオーダーした。
ギリシャのサラダは、新鮮な野菜にオリーブオイルと多少のハーブがかかっているだけなのに美味しい。日本に帰っても、野菜をオリーブオイルだけで食べるのがクセになってしまった。
風邪引きの必需メニューのスープ。ギリシャでは、スープはメニューにない場合でも、頼むと作ってもらえることが多い。ギリシャのスープは、ややピリ辛の味つけだ。
ギリシャのスープと言えば、最初にギリシャに行ったときに、サントリーニ島のレストランで食べた薬膳っぽいスープが忘れられない。あのスープ以上のスープにはまだ出会っていない。いったい何が入っていたのだろうか。
ギリシャのレストランで、メイン料理としてオーダーするものを迷ったら、ムサカにするのがおすすめだ。お店によって味が違うのも面白いし、今まで美味しくないムサカが出てきたことは一度もない。まろやかで本当に美味しいのだ。
日本に帰国してから、クックパッドでレシピを探してムサカを作ってみたが、結構カロリーがスゴイことに気付いてしまった。バターや小麦粉をたくさん使う。しかし、旅行中は歩き回ってカロリーを消費するので、旅行中にムサカを食べるのは何の問題もない。ハズ。である。
ギリシャの食後に飲むものと言えば、グリーク・コーヒーというものがある。しかし、このグリーク・コーヒー、一度サントリーニ島のカフェで飲んだらマズカッタ。ギリシャはイタリアが近いためか、グリーク・コーヒー以外には、エスプレッソを飲む人も多い。
だが風邪引きの私が飲んだのはコレ。
ココア!いやー、身体があったまるよ!
二人分で、食後のココアまで併せてお会計は€23.2であった。全体的にまろやかな味つけで美味しかったー。それにしてもギリシャのレストランでの外食は安い。
ご飯を食べた後は、バスの時間ギリギリまでゆっくりココアを飲んでくつろいだ。何と言っても、カランバカからイオアニナまでは2時間半のバス旅である。
そうト・イ・レ問題というものがある。バスに乗る直前にトイレに入っておきたいのだが、どう考えても、バスターミナルのトイレよりレストランのトイレが綺麗だろう。バスに乗る直前にトイレを借りて、お店を出るのが我々のシナリオである(食事の紹介をしている時にトイレの話で申し訳ない)。
そんなわけで、しっかり時間を逆算して、バスが出る5分強くらい前にバスターミナルにたどり着いた。
こちらがカランバカのバスターミナル。このあたりはほとんどタクシー移動したので、カランバカの町の全体像は頭に入らなかったのが残念だが、辺りを見渡すと、少なくともカランバカの鉄道駅はすぐそこにはなかった。カランバカの鉄道駅とバスターミナルは離れているらしい。
バスターミナルからも、少しだけメテオラの岩山が見えている。緑色でない山って、日本の市街地ではあまり見ることがないから、やはり新鮮だ。
草木の生えていない岩山には、生命感というものをあまり感じない。その意味で、灰色にそびえ立つこの岩山は、どこか墓標のようにも見える。ただし、私のイメージでは、石や岩は「死」のイメージではなく、「命を持たないもの」程度のイメージだ。
どう違うかというと、「もともとあった命を失った」のではなく、「もとから命を持っていない」というイメージ。だから、墓地の石づくりの墓標は、死を悼むというより、生命あるものが決して得ることができない、永遠に憧れている風に見える。もとから生命のないものだけが、目指すことができる永遠に、せめて命の名前を刻むのだ(とは言っても、石もいつかは崩れるけど)。
さて、カランバカのバスターミナルは非常に小さいけど、中に小さな待合室があり、自動販売機もある。一応トイレもある。姉が視察してきてくれたが、トイレ評価はあまり高くなかった。
さて。時計をご覧あれ。バス出発予定の3時半を軽ーく過ぎてしまっているよ。バスは本当にここに来るのだろうね?
ウロウロと不安そうに道路を見渡す私に、バスターミナルのスタッフさんは、「バスはこの建物の目の前に来るから大丈夫ですよ」と声をかけてくれる。
3時40分くらいになったとき、ようやくバスはやってきた。
カランバカからイオアニナまでは、2時間半で€13.6。予定通りであれば、18時くらいの着になる。イオアニナでは、18時15分のイグニメッツァ行きのバスに乗りたいのだが、10分の到着遅れがどう響くだろうか。まあ、18時15分のバスに乗れない場合は、次の20時のバスでも、夜行フェリーの時間には間に合うので、大きな問題ではない。
さよなら、メテオラ。それから、宿泊した村カストラキ、バスや電車の拠点になったカランバカ。振り返ると、奇岩はみるみる遠ざかっていく。
旅で訪れた町を離れるとき、なぜか「これが最後」という気分にはならないことが多い私なのだが、ギリシャの中でも、交通の便があまりよくないメテオラ周辺に、人生でもう1回やって来る可能性は低いだろう。
それでも今生の別れとして手を振るのではなく、どうかまたご縁がありますように、と、手を振った。やっぱり、メテオラの奇岩が立ち並ぶ風景を、おのれの足で思う存分歩き回れなかったのが、心残りだったのだ。