3/13シラクーサ旅行記5 まっくら闇に音は響くよ

ギリシア劇場の見学が終わった後は、同じネアポリス考古学公園内にある、「ディオニュシオスの耳」を見に行くことにした。

ネアポリス考古学公園の切符売り場から、道は二つに分かれ、左に行けばギリシア劇場、右に行けば「天国の石切場」である。

「ディオニュシオスの耳」は、この「天国の石切場」の中にある。

シラクーサ

二股に分かれている木に、猫ちゃんが得意気に座って、行き交う観光客を眺めていた。シラクーサは、考古学地区も、オルティージャ島も猫が多い町だ。

シラクーサ

公園内にはレモンの木も生えている。シチリアと言えばレモンである。この一帯は、もともと、古代ギリシア時代に、いろんな建築物をつくるため、石材を切り出していた場所らしい。しかし、なぜ「天国の」石切り場と呼ばれているんだろう?日本の感覚だと、すぐ墓石を作ってたのかな?なんて思ってしまうが、どうやら、この一帯の、レモンやオレンジの木が生い茂っている風景から名付けられているらしい。

そういえば、アマルフィのドゥオーモの「天国の回廊」も、柑橘類の木々が生えていた。地中海世界の人々にとって、柑橘類のフルーツは、天国のイメージと結びつくようだ。林檎は「罪の果実」なのになあ。やっぱり血の色と同じ赤色がいけないんだろうか。

シラクーサ

シラクーサ

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実は、私は天国の石切場には、あんまり期待していなかった。シラクーサで惰性で人気がある観光地なんだろう、くらいにしか思っていなかったので、ギリシア劇場に行くついでにちょっと見ればいいか、と思っていたのだ。

しかしどうして、どうして。不思議に人為的な形をした石や洞窟が、静かに点在する風景は、想像していた以上に雰囲気がよかった。ヤシの木がさわさわと、風に吹かれている音が、実に耳に心地いい。内陸のしずかな木々の中の遺跡の中にいると、オルティージャ島の、華やかな海のきらめきが実に遠く感じられる。シラクーサの楽しみ方は、本当に幅広いのだ。

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こちらは「縄ない職人の洞窟」。名前の通り、この中で、職人さんたちが縄を作っていたらしい。内部はかなり広いらしいのだが、崩落の恐れがあるとかで、中に入ることはできない。

この一帯には、こういう洞窟が多いのだが、この「縄ない職人の洞窟」のように、洞窟の入り口が人工的な形をしているのが印象的だ。本当に、ここで石を切り出してたんだなーというのがわかる。

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そして、奥の方にあったー!「ディオニュシオスの耳」!思っていたよりデカイ!右下に小さく写っている看板が、縄ない職人の洞窟の看板と同じ大きさなのだが、それを見てもらえば、いかに大きな入り口なのかがわかるのではないかと思う。

さて。ちょっと恐いながらも入ってみますよ…。

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このへんは、まだ入り口の光が入ってきているあたり。まだ恐くないよ!

シラクーサ

しかし、中に入ると、どんどん真っ暗になって、しかも上の方を、蝙蝠だか何だかが飛び回っていて、コ…コワイっ!何が恐いって、蝙蝠のバサバサっという羽音が、やけに大きくて、いかにも悪役の蝙蝠って雰囲気なのだ。…羽音が大きい?あー!本当にそうなんだ!この洞窟は、音響効果がすごくて、小さな音でも大きく響いてしまうということで有名なのだが、本当だった!

そもそも、この洞窟が「ディオニュシオスの耳」と呼ばれるゆえんは、古代ギリシア時代の、シラクーサの僭主ディオニュシオス1世が、アテネと戦った時(なぜシラクーサがアテネと戦うかというと、ざっくり言えば、シラクーサはアテネを作ったイオニア人ではなく、スパルタなどを作ったドーリア人が築いた都市だというのが大きいらしい)、アテネ軍の捕虜をこの洞窟に閉じ込め、そのヒソヒソ話を洞窟の上から盗み聞きしたという伝説に拠る。ちなみに、名付け親は、シラクーサを訪れたカラヴァッジョ(@逃亡中)らしい。

カラヴァッジョ命名というところまで含めて、どこまでが本当の話かはわからないが、写真でもわかるように、確かに洞窟の上の方には、光が入ってきている小さな穴がある。あそこで耳をすませると、洞窟内の小さな音を聴くことができるのだろうか。実際のところどうなんだろ。

少なくとも、洞窟内では、小さな音がかなり響いて聴こえた。他の観光客の人たちも、口笛を吹いたり、指を鳴らしたりしていた。私は、姉と小さな声で「朧月夜」を歌ってみたら、結構響いた。それだけのことなんだが、なかなか面白かった。この洞窟の形も、何となく耳の形に似ているのも面白い。

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こちらは、洞窟内から入り口の光の方を撮影した写真。やっぱり光を見るとホッとするね。

洞窟内にいるときに、ちょうど時間が正午になったらしく、どこかの教会から、鐘の音が聴こえ始めた。シチリアの教会は、鐘を鳴らすとき、ちょっとしたメロディーを奏でる教会が多く、三拍子の静かなメロディーに、洞窟内で聴き入った。ああ、風情たっぷりだなーと聴き入っていたが、もしかして、この鐘を鳴らしているの、あの宇宙人のアジト教会(マドンナ・デッレ・ラクリメの聖所記念堂)だったりして…。

シラクーサ

この天国の石切場を出たところに、アーモンドの花とレモンが、美の共演とばかりに並んでいた。アーモンドの花とレモンだなんて、何とシチリア的な!

シラクーサ

今年のシチリアの冬は、例年より天気が悪くて寒いらしく、我々も予想していたより天候が悪かったことに四苦八苦したこともあった。だが、そのおかげでアーモンドの開花が遅れているそうで、こんな満開のアーモンドに遭遇することができた。桜よりも、少し濃いピンク色だ。アマンド・ピンクって、こういう色のことを言うんだね!

考古学地区には、他にもローマ時代の円形闘技場跡や、ヒエロン2世の祭壇跡などがある。本当は、これらの遺跡も見学したかったのだが、何せ、午後からはノートに行かなければならない。断腸の思いで、考古学地区を後にすることにした。あー、シラクーサ滞在はなぜにこんなに忙しいのか!

考古学地区で、今日見学できなかったものの中で、パオロ・オルシ考古学博物館とサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会だけは、明日、シラクーサを発つ前に、ぜひとも訪問したいところだ。シラクーサの考古学地区とオルティージャ島は、歩けないほど遠くはないが、それなりに離れているので、やはりシラクーサ観光は、移動などを考えると時間がかかることを頭に入れておいた方がよい。

シラクーサ

横を通り過ぎるときに、外からちらっとだけ見たヒエロン2世の祭壇跡。ヒエロン2世も、先程の「耳」のディオニュシオス1世と同じように、古代ギリシア時代にシラクーサを統治した僭主である。

僭主というのは、高校の世界史で習ったのだが、非常に個人的には解釈が難しい概念である。一般的には、「正当な系譜の王ではなく、実力で王位を勝ち取った王で、庶民寄りの政治を行う王」くらいの意味で用いられている。何となく「悪い王様」というイメージで習った記憶があるけど、今に思えば、僭主の何がいけないのかよくわからない。リーダーは血筋ではなくて、実力で決めた方がよっぽどよさそうなものだが。

しかし、古代ギリシアの時代だと、実力だけで王を勝ち取ったものは、庶民からその支持を受けるために、庶民人気を得る必要があり、それが衆愚政治へとつながった…などの弊害もあったのかもしれない。

民主主義は、現代社会が、今のところコレが一番マシな政治形態だろうと、結論付けているシステムだ。その一番のリスクは、選挙権を持った庶民が、自分の利益ばかり考え、政治家がその多数派に迎合し、衆愚政治へと陥っていくことだろう。

政治について何にもわからない私だが、一番いい政治システムって何だと思う?と聞かれたら、「優秀な人物数人による寡頭政治」だと答える。しかし、その優秀な人物を誰が選ぶのかって問題が生じるので、このシステムは機能しない。うーん。政治って難しいね。

シラクーサ

新市街の近代的町並みの緩やかな下り坂を下って、オルティージャ島へと戻った。

オルティージャ島に戻ったのは、午後1時くらいであった。ノート行きのバスは午後2時台なので、あまり悠長にランチしていられない。そこで、オルティージャ島の入り口、バスターミナルにもまあまあ近いアポロ広場近くの、Caffe Apolloで軽く昼食を取ることにした。

この日は、今回のシチリア滞在の中で珍しく、天気も良く気温も高かったので、グラニータを飲むチャンスだと思った。グラニータとは、シチリア名物のシャーベットっぽい飲み物で、寒い日が続く今回のシチリア旅行で、まだ一度も口にしていないのである。しかし、Caffe Apolloでは、この季節にはグラニータを作っていなかった。残念。

シラクーサ

アポロ広場はオルティージャ島の入り口にあるので、観光客が非常に多く、このCaffe Apolloも観光客に慣れっこであった。「この季節はグラニータより、カプチーノだよ!絵も描いてあげるからさ!」と、お店のお兄さんが得意気に運んできたカプチーノ。白鳥だね。上手だね。

シラクーサ

テラス席で、簡単なランチ。鳩が多くて、結構ずうずうしく人が食べているものを狙ってきた。鳩のどこが平和の象徴なのか、私にはわからない。しかし、もしかしたら、平和というものは、クリーンで清らかなものではなく、鳩みたいに泥くさくていかにも日常っぽいものでなければならないのかもしれない(自分でも何を書いているのかよくわかりません)。

ちなみにこのCaffe Apolloは、観光客御用足のカフェではあるが、べらぼーに高くはないし、サービスも丁寧で、目の前にアポロ神殿遺跡を見ながら休憩できるので、とても便利である。

さて。ここCaffe Apolloで、簡単なランチで済ませたのは、時間の問題の他に、もう一つ理由がある。ノートには、シチリアナンバーワンと呼ばれる「Caffe Sicilia」というお菓子屋さんがあるのだ。お腹に余裕を持ってノートに向かわなければね!おっほっほっほっほ!(このテンションの高さを覚えておいて下さい。この後、まさかの展開になるからね…って、予想つきますね?)